「もっともっと、わたしを見つめてほしいです」

 ノマドさんとの撮影をきっかけに、他のカメコさんからも次々と撮影依頼が来はじめた。

今日は桃李ももりさんとずっといっしょだったので、たいてい彼女とのツーショット撮影になる。

カメラの前でポーズをとる度に、わたしは彼女とのモデルとしての力量の差を思い知らされ、凹んでしまう。

ネットで一夜漬けでポーズの研究をしたくらいでは、コスプレ歴6年の桃李さんにかなうはずもない。

別に、彼女に勝ちたいなどと思っているわけではないけれど、せめて、いっしょに撮られて、引け目を感じない程度に、わたしも上達したい。


「あ… ヨシキさん」


その時、撮影しているカメコさん越しに、向こうを見た桃李さんが声を漏らした。

彼女の顔に、サッと緊張の色が走ったのがわかる。

わたしも、彼女の視線の先を追ってしまう。

ヨシキさんはわたしたちを撮影しているカメコさんのすぐうしろに立って、こちらに軽く手を挙げて微笑んだ。


ドクンドクンと、心臓が高鳴りはじめる。

姿を見ただけで、こんなに緊張するなんて。

今日のヨシキさんは、真紅のアーガイルのカットソーに、スタッズのついた黒のパンツ。

質のいいものらしく、平凡なコーディネイトなのに品よく感じられて、彼の野生的な雰囲気に似合っている。


「今日は来てくれたんだね」

「は、はい」

「しかも桃李ちゃんといっしょじゃん。よっ。元気だった?」

「ヨシキさ~ん! 桃李はいつも元気っだよ~(。・ω・。)ィェィ♪」


わたしに向ける言葉や表情とは違って、ラフでくだけた調子で、ヨシキさんは桃李さんとハイタッチを交わす。

仲… いいんだ。

桃李さんとヨシキさんって。


挨拶のあと、ヨシキさんは先週と同じように、わたしたちの写真を撮ってくれた。

ツーショットの他、わたしたちを別々にも撮影してくれる。

ノマドさんが、桃李さんの存在はまったく目に入らないかのように、わたしばかりを撮っていたのと違って、ヨシキさんはふたりを平等に撮ってくれる。

そういう心遣いが、なんだか嬉しい。


やっぱりヨシキさんの撮影は、気持ちがいい。

シャッターのテンポもいいし、ポーズ指示も的確でわかりやすい。

『お~っ、可愛いね~!』『その表情いいよいいよ!』と、ときたま入る褒め言葉が、こちらの気分を盛り上げてくれる。

途中で見せてくれる画像も、とっても綺麗で自然で、心が浮き立つものだった。


『ヨシキさんに撮られたレイヤーさんは、もう他のカメコさんじゃ満足できないからだになってしまうんですぅ』


という桃李さんの言葉も、案外的を射ているかもしれないな。


ファインダー越しに、ヨシキさんがわたしを見つめる。

その視線で、からだの芯がジンと熱くなる。

もっとわたしを、見つめてほしい。

わたしのなかに眠っている『なにか』を、ヨシキさんの手で、引っ張り出してほしい。

そんな欲望が湧き上がってくる。


やはりわたしは、この人のことが、好きみたい。

ヨシキさんのこと、もっと知りたいと思うし、わたしのことも、知ってほしい。



「はい。これ、約束の写真とデータ」


撮影後、桃李さんとひととおり世間話をしたヨシキさんは、そう言ってわたしの方を振り向くと、小さな紙袋を差し出した。

中にはミニアルバムと、CD-Rのようなディスクが入っている。


「あ、ありがとうございます」

「美月ちゃんがパソコンがあるなら、もっと速くデータを送ってあげられるんだけどね」

「あ」


わたしもバッグから名刺を取り出し、ヨシキさんに渡す。


「パソコンのメールアドレスが書いてあるので、そちらに送って下されば」

「名刺、作ったんだ」

「はい。ヨシキさんのホームページも拝見しました」

「ほんとに?」

「すごかったです! どの画像も素敵で綺麗で!

コスプレの写真も素晴らしかったけど、私服もどれも魅力的で、雰囲気あって。感動しました!」

「ありがとう~。そんなに褒めてもらえると、なんだか照れるな」


そう言ったヨシキさんは、わたしの顔をしげしげと見つめる。


「美月ちゃん、メイク変えた?」

「え?」

「なんか雰囲気が、前回のイベントのときと違うから」

「あ、はい。少し」

「こないだよりよくなったね。綺麗になったよ」

「あ… ありがとうございます」


なんだか顔が火照って、せっかく褒めてもらえたメイクが、ピンクに染まってしまいそう。

些細な変化に気づいてもらえるなんて、とっても嬉しい。

それに、『綺麗になった』だなんて…

お世辞だとしても、心が躍る気分。

ヨシキさんはわたしを見つめたまま、微笑みながら言った。


「今度、ロケで個撮しようか?」

「え?」

「美月ちゃん見てるとイメージ湧いてくるんだ。

シックなドレスかワンピとかを着た美月ちゃんが、古ぼけた図書館で本を読んでる所とか。洋館で紅茶飲んでる所とかもいいし… レトロな街並を散歩してるのも似合いそう」

「…」

「…まあ、イベント2回目でいきなり個撮ロケは無理かな。そのうちよろしくな。じゃあオレ、そろそろブースに戻らないといけないから。また次のイベントで会えるといいね」


わたしが困惑していると見たのか、ヨシキさんはあっさり引いて背中を向けると、軽く手を掲げて去っていった。


えっ?

なんなの、それ?


『ロケ』というのは、コスプレ初心者には、そんなに難しいものなのだろうか?

そうだとしてもヨシキさん、あまりにも簡単に引き下がりすぎない?

確かにわたしは、『ロケ』も『個撮』も、どういうものか知らないし、不安はあるけど、『無理かな』と言われると、まるで見くびられたようで、逆にムラムラと挑戦してみたい気持ちが湧き上がってくる。

やはりわたしは、負けず嫌いだ。


つづく

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