「どうしてこんなに綺麗に撮れるのですか?」
「久し振りに感動したよ。ありがとう」
「こ、こちらこそ。あっ、ありがとうございます」
ひとしきり撮り終えた彼は、にっこりと微笑みながらわたしを見つめて、お礼を言ってくれた。
撮影の余韻が残っているのか。
『感動した』という言葉が心地よかったのか。
頬が火照って言葉がうまく出てこない。そんなわたしを見て、彼が訊いてきた。
「もしかして、コスプレはじめて?」
「えっ。そうですけど…」
「だろな~。初めて見る顔だし、その初々しさと緊張っぷりは、ハンパないしな~。ひょっとして今日、写真撮られたのもはじめてとか?」
「え? ええ…」
「やった~っ! オレが最初かぁ。なんか嬉しいかも。あ、オレ、ヨシキ。よろしく」
無邪気に喜びながら、『ヨシキ』と名乗った男の人は、バッグから名刺を取り出して渡してくれた。
イメージっぽい画像を背景にしたその名刺には、『Photographer YOSHIKI』という名前が印刷してある。
肩書きの他には、メールアドレスとURL。他には『ARCHIVE』という、7桁程度のただの数字の羅列しか記されていない。
「きみ、名刺はないの?」
ヨシキさんは、わたしの顔をのぞき込みながら尋ねた。
名刺なんて… 考えてもなかった。
撮影のあとに名刺交換するのが、コスプレイベントでの習慣なのだろうか?
ヨシキさんは重ねて訊いてきた。
「じゃあ、コスプレネームは、もう決めてる?」
「…あ。
それは用意していた。
変身するなら、別の名前も必要だと思い、『コスプレネーム』というのを、一晩かけて考えたのだ。
月に、桔梗。夜。
自分の好きなものを組合わせて作った名前で、語感もよく、結構気に入っている。
「『みつききようや』さん、か。すっごいぴったりで、綺麗な名前だね」
「あ、ありがとうございます」
「次はいつのイベントに出る?」
「次、ですか?」
「考えてなかった?」
「ええ…」
「そうか…」
ヨシキさんはなにか考えている様子だったが、思いついた様にカメラを操作しはじめた。
「今の写真、見てみる?」
そう言いながら彼は、カメラの背中をクルリとこちらに向けると、モニターに今撮ったばかりの写真を映し出した。
うそ…
これが、わたし?
ふわりとぼけた背景の中に、憂いを帯びた表情で、こちらを見つめるわたしがいる。
透き通る程に肌は白く、艶やかな髪は光を照り返し、輝いているみたい。
確かに表情は硬いけど、その緊張感がむしろ、画面に張りつめた美しさを
ゴミゴミした会場のなかで、どうしてこれほど綺麗な写真が撮れるのだろう?
こんな素敵な写真、わたしは今まで、撮られたことがない!
「再来週の日曜にもこの会場でイベントがあるんだけど、来てみない?」
画面を切り替え、次々と違うわたしを映し出しながら、ヨシキさんは言った。
「再来週。ですか?」
「同人誌即売会ってのといっしょなんだけどね。今撮った写真も渡したいし、来てくれると嬉しいかな」
「…」
「都合悪いなら、無理に誘ったりはしないけど」
「い、いえ。大丈夫だと思いますけど」
「そう。よかった」
「でも、はっきり約束はできないかと…」
「ああ。気が向いたらでいいよ。じゃあ、次のイベントまでに、この写真のデータとプリント、準備しとくよ」
「え、ええ」
「そろそろ退散するよ。後ろつかえてるし」
「え?」
そう言われたわたしは、後ろを振り返った。
いつの間に集まったのだろうか?
そこにはカメラを抱えた男の人が4、5人並んでいて、撮影の順番を待っている様だった。
「あ、そうだ…」
思い出した様に、去り際にヨシキさんは、わたしの耳元で軽くささやいた。
「おせっかいかもしれないけど、感じ悪いカメコは拒否った方がいいよ。変な写真撮るヤツもいるから。怪しいと思ったらカメラのモニタチェックさせてもらって、NGな写真は消させなよ」
「は、はい」
言われたことの意味がよくわからないまま、わたしはとりあえずうなずいた。
「じゃ、また会おうね」
そう言って軽く手を挙げて微笑み、ヨシキさんはクルリと背中を向けて、雑踏のなかへ紛れていった。
つづく
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