「これが『火がついた瞬間』というのですか?」

「なんか… 馬鹿みたい」


思わず、愚痴が口をついて出る。


わたしは、なにをしているのだろう。

こんなところにいても、意味がない。

時間の無駄。

もう帰ろう。


切なくなってきて、その場から立ち去ろうとした、そのときだった。


「おっ。江之宮憐花えのみやれんかじゃん。レアだな~」


目の前を通り過ぎた男の人が、そう声を上げて立ち止まり、わたしを振り返った。

爽やかで張りのある声。

反射的にわたしはその人を見たが、慌てて視線を逸らせ、うつむいた。


…すごいイケメンだったのだ。


いや。

『イケメン』などと俗っぽい呼び方は、似合わない。


その男の人は、会場で見かけた他のカメラを持った男の人たちとはまるで違っていて、笑顔が爽やかでスラリと背の高い、知的な感じ… つまり、わたしの好みのタイプだったのだ。

雰囲気も、なんだか色気がある。

年は大学生くらいだろうか?

端正な目鼻立ちで、まるでモデルか芸能人の様な風貌。

洗練されているというよりは、野生の匂いが強いけど、けっして粗野という感じではない。

一見無造作に見える髪型も、ボリュームや跳ね方を計算して、気を遣っているみたい。かといって、ホストの様なチャラチャラしたヘアスタイルではなく、控えめでナチュラル。

二重襟の紺のカットソーは、からだにぴったりフィットした綺麗なラインで、細身のパンツのせいで、脚が余計に長く、スタイルがよく見える。

細いといっても貧弱な体つきではなく、肩幅も広くて逆三角形の体型だ。


「似合ってるよ。すっごい可愛いね。写真撮らせてもらっていい?」


戸惑っているわたしにお構いなしに、彼はそう言いながら、肩から下げていた大きなカメラを構え、そのままじっとわたしを見つめて、返事を待っている。

心の底まで見透かすような、まっすぐな瞳。

唇にはかすかに微笑みをたたえている。

いきなり知らない女の子に声をかけてくるなんて、まるでナンパみたいだけど、他の人たちを見ていると、みんなそうやって気軽に話しかけて、写真撮りあっているみたいだし、コスプレイベント(ここ)ではそれがふつうなのかもしれない。


「は、はい…」


有無を言わせないような彼の勢いに圧倒され、わたしは小さく返事をして、うなずいた。


「じゃ、そのままでいいよ。最初は全身ね。はい!」


“カシャカシャッ”


連続したシャッター音が響く。

アングルを変えながら、彼はさらに何枚かのシャッターを切った。


「今度は後ろ姿も撮らせてよ。手を後ろに組んでこっちを見て。そう! 髪、すっごい長くてつやつやのストレートで綺麗だね。いいよ~!」


この、漆黒のストレートヘアは、自分は重たく陰気に感じて嫌だけど、この人にはそれが魅力的に映るのかな?

そんなことを考えながら、わたしは腕を後ろに回し、カメラの方を振り返る。

“カシャカシャッ”っと、小気味いいテンポでシャッター音が聞こえてくる。

なんだか戸惑ってしまう。

こんなにたくさん写真を撮られたことなど、生まれてはじめてだったから。


「次はアップでも撮らせてもらっていい?」


そう言いながら彼は、わたしとの間合いを少し詰めてきた。

反射的に構えて、わたしはからだを固くした。


「あ。なんかいい感じ。その緊張感がとてもいいよ。すっごい可愛い☆」


ファインダーを覗きながらわたしのことを褒め、彼は熱心にシャッターを切り続けた。


…からだが熱い。

ドキドキしてくる。

なんだろう。この高揚感。

それに、『すっごい可愛い』だなんて。


目の前に迫った大きなレンズから、彼の熱い視線を感じる。

会ったばかりの人に、こんなに見つめられて、こんなに近くから写真を撮られて、ときめいてしまうなんて、なんだかおかしい。

頭がぼうっとしてきて、宙を漂っているみたい。

『可愛い』なんてはじめて言われて、わたし、舞い上がっているのかな?

しかもこの人、撮影している姿もかっこいい。

動きによどみがないというか、立ち方や肘の締め方まで決まっているし、シャッターを押すテンポも心地いい。

そのおかげか、わたしの方も、どんどん熱くなってくる。

思えばこれが、わたしのなかの『なにか』に、火がついた瞬間だった。


つづく

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