「こんな恥ずかしい衣装を着てみたのですが」

 会場に入ると更衣室に向かう。

広々とした更衣室には、至る所にバッグや衣装が広げられていて、足の踏み場もないくらい。そんな荷物の間に埋もれながら、あちらこちらで女の子たちが着替えやメイクをしている。

どうやら空いている場所に、適当に陣取って準備するものらしい。

端の方はすでにだれかのバッグで埋まっていたので、真ん中の空いたスペースに鞄を置き、わたしはその中から衣装を取り出した。

『リア恋plus』という男性向け恋愛シュミレーションゲームの、『江之宮憐花えのみやれんか』というキャラクターが着ている、夏の制服だ。


「このキャラ、なんだかおまえに似てない?」


そう言って、兄がiPhoneのゲーム画面を見せてくれたことがあった。

確かに、身長や髪型はわたしと同じくらいだったが、『江之宮憐花』は自分の思ったことをズバズバと遠慮なく口にする、自信に満ちたキャラクターだった。

平気で学校をサボったり、ふらっとバイクに乗って遠くに出かけたりと、気まぐれで自由奔放で、その行動は優等生とはほど遠く、なのに頭がいいところにも魅せられた。

好きな人に対しても、冷たく振る舞っているくせに、ふとした拍子に可愛く甘えてみたり、意地を張りつつも意外と素直な面があったりと、そのギャップに惹かれる。


「ツンデレ系って言うんだよ」


と、兄は教えてくれたが、そういう、猫の様な意外性のある可愛らしさは、わたしにはないものだった。

『江之宮憐花』ならどこか自分に似ていて、でも憧れるところが多くて、ちょっと頑張れば手が届きそう。

いきなりキャピキャピした魔法少女とか、妖艶でセクシーなボーカロイドとかではなく、そういう親近感のある等身大キャラクターの方が、コスプレビギナーには向いているかもしれない。

そう思ったわたしは、ネットで『リア恋plus』や『江之宮憐花』のことを調べ、秋葉原のコスプレショップに出かけて、家族にないしょでこの衣装を買ってきたのだ。

もちろん、コスプレに興味を持っていて、イベントに行こうとしていることなど、厳格な父母に言えるわけがない。



「みっ、短い…」


着替え終わったわたしは、改めて鏡を見て焦った。


衣装…

といっても、ふだん着ているような学校の制服なのに、スカートのあまりの短さに、思わず赤面してしまう。

ひらひらと心もとなく揺れて、これではちょっと歩いたりかがんだりしただけで、下着が見えてしまう。

自分の部屋で試着したときはあまり感じなかったけど、こんなはしたない格好で、公衆の面前に出ていくのは、あまりにも恥ずかし過ぎる。

こんな短いスカートで街を歩ける女性がいるなんて、信じられない。

せめて、スパッツでも持ってくればよかった。


『勇気を出すんだ凛子!』

『悩む前に飛ぶんだ!』


ここまで来て、引き下がるわけにはいかない。

自分を鼓舞しながら、ぎこちない足どりで、わたしは更衣室をあとにし、賑やかなイベント会場に出ていった。

そしてわたしは、あいつに出会ったのだ。




 初めてのコスプレで、なにをどうしていいのかもわからず、話す相手もいないまま、わたしはひとり、会場の隅の柱に背中をもたれて、みんなの様子を眺めていた。

広々とした会場では、たくさんのコスプレイヤーがあちこちに集まっていて、楽しそうにお喋りしたり、写真を撮ったりしている。

みんな、わたしなんかより派手で奇抜で、かなりエロティックな格好をしている子もいるが、こんな地味なミニの制服でも、今のわたしにはいっぱいいっぱいで、死ぬほど恥ずかしい。

股のあたりがスースーしてなにも穿いていないみたいで、つい、スカートの裾を引っ張ってしまう。


前を通り過ぎる女性コスプレイヤーが、珍獣でも見るかの様に、ジロジロとわたしを睨んでいく。

向こうでは、大きなカメラを何台も抱えた、脂ぎって太ったおじさんや、背の低いニキビづらの若い男の人が、まるで品定めするかの様に、わたしのことを上から下まで不躾ぶしつけに眺めている。

だけど、だれもなにも話しかけてこない。


 そういえばわたしは、昔から『とっつきにくいタイプ』と言われてきた。

教室の中でもこうやって、ポツンとひとりでいることが多かった。

クラスの女子たちが恋愛話に花を咲かせていても、わたしはいつも蚊帳かやの外。

たまに話の輪に入れても、わたしがいるとみんな遠慮して、だれも恋の話題などは持ち出さない。

たまにわたしが、『あの人いいわね。どう思う?』などと話を振ってみても、みんな『意外』といった様子で、顔を見合わせているだけなのだ。

もちろん、男子が話しかけてくることなどは皆無に等しく、たまに授業の準備などで話さなければいけないときでも、恐る恐る、まるで先生にでも話しかけるように、敬語を使ってくる。


そんなにわたしは、人を拒絶するようなオーラを発しているのかな?

確かに、恋愛なんてなんだか気恥ずかしくて、そういう話題は好きじゃなさそうに装ってはいるけど、本当は興味津々で、みんなの経験を聞いてみたくて、うずうずしているのだ。

わたしだってもう高校3年生。秋には18歳になる。

ふつうに恋だってしてみたいし、彼氏だってほしいし、その… エ、エッチにだって、人並みに興味はある。

だけど、そういうのは『軽卒だ』と馬鹿にして、軽蔑しているフリをして、自分を誤魔化してきた。

そうするうちに、みんなどんどん大人になっていって、わたしひとり、バスに乗り遅れてしまっている。


…焦る。


結局、『変わりたい』などと思って、コスプレイベントに来てみても、自分からはだれにも話しかけられず、なにも変わることができないでいる。


「なんか… 馬鹿みたい」


つづく

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