あいつに惚れるわけがない
茉莉 佳
COSPLAY SIDE
Level 1
「わたしがコスプレ界に飛び込んだわけは」
level 1
梅雨明けの強烈な日射しの差し込むエントランスホールを抜け、エスカレーターでその会場まで上がったわたしは、あまりの異様な光景に思わず顔が引きつり、後ずさりをしてしまった。
蛍光ピンクや真っ青なウィッグをかぶった、若い女の子達。
みんな、
ケバケバしい蛍光カラーのコスチューム。
パンツまで見えそうな短いスカートや、おへそや胸の谷間をあらわにした、奇抜な格好。
目がチカチカしそうな原色の女の子たちが、刀やステッキをかざしてポーズをとっている。
女の子同士で抱き合ったり、キスをしたりしている子たちまでいる。
そんな女の子を、肩から何台ものカメラを抱えた、でっぷりと太った暑苦しい男たちが、遠慮なく写真を撮っている。
男たちは立ったりしゃがんだり寝転がったりしながら、額から汗が噴き出すのもお構いなしに、ポーズをつけた女の子を
「次、ちょっと前屈みになって腕を寄せて! いいよいいよ~!」
などと、甲高い声を上げて、やたらテンションが高い。
それに、会場内がなんだか臭い。
今まで自分が育ってきた世界とは、あまりにかけ離れたこの光景に、わたしは思わず二三歩引き下がり、そのまま背中を向けて、逃げ出そうとした。
『ちょっと待て!
『あんたは自分を変えるために、ここに来たんじゃないの?!』
『ここで逃げ出してどうする?
『頑張れ凛子!』
『思い切って飛び込め!!』
高鳴る胸の動悸を抑えて、強く自分に言い聞かせ、会場の入口でチケットを買って、わたしはその
『変身妄想』
噂に聞いた、『コスプレイベント』というやつだ。
変身妄想…
わたしはいったい何度、『自分が変わる』事を妄想しただろう?
わたしは自分が大っ嫌いだ。
この、細長いだけで
目鼻立ちがくっきりした顔立ちは、一般的には『美少女』だと言われるし、自分でもそんなに悪くはないとは思っている。
だけどわたしは、人から『綺麗』とか『美人』とか言われることはあっても、『可愛い』と言われることはない。
わたしは、可愛いげのない女なのだ。
それは、引き締まった眉と鋭い眼力、薄い唇のせいで、高慢で冷たい印象を受けるからかもしれない。
アニメなどで出てくる、悪役タイプの様な外見なのだ。
だいたい、『島津凛子』なんて、どこかの外様大名みたいな名前も、古風でダサくて可愛くない。
確かに、わたしの家系は薩摩藩島津家で、田舎のお屋敷は立派だけど、いまだにそれを誇りとしている家風は、時代遅れもいいとこ。
島津氏といっても、数ある
家だって郊外の古臭い和風住宅だというのに、父母はプライドだけは高くて、わたしにまでそれを押しつけてくる。
やりたくもない日舞やバレエにピアノ、お茶とお花を習わされたり、『文武両道』ということで、薙刀までさせられたり。
ファッションについても口うるさく、スカートは長過ぎず短すぎず。髪を染めたり巻いたりは禁止。
前髪は目にかからないように。化粧もしてはいけないなんて、いったいどこの風紀委員よ。
そんな家柄のおかげで、生まれて18年近く、どれだけ不自由な思いをしたかわからない。
…だけど。
そういう与えられた素質や環境を、受け入れる勇気も捨て去る気概もないまま、自己主張もせずに妥協してきた中途半端な自分が、いちばん嫌いなのだ。
わたしは自分を偽って生きている。
父母や親戚たちの期待を裏切らないようにと、一所懸命いい子を演じているうちに、いつの間にかわたしは、成績優秀で品行方正、容姿端麗(自分で言うか)と言われるお嬢様になってしまっていた。
誰もがわたしを、『品のいいお嬢様ですね』と褒めてくれる。
だけどわたしは、知っている。
本当のわたしはもっと黒くてドロドロしていて、腹のそこに得体の知れない欲望や本能の怪物を抱えているということを。
それなのに、わたしは醜い自分をひた隠しにして、他人からは綺麗に見られたがっている。
偽善者め。
こんなんじゃいけない。
なんとかして、変わらなきゃ。
切羽詰まって悩んでいたとき、ネットで偶然、『コスプレイベント』という文字が目に入ってきた。
詳しいことはわからないけど、どうやら漫画やアニメ、ゲームなんかのキャラクターに変身できるイベントらしい。
変身…
それこそが、わたしの望んでいたものだった。
つづく
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