33:ヴォイス#声の力について

 俺ことP.N.『水縹みはなだF42(@Mihanada_f_42)』は婚活している。


 まだデートは先だがそれまでにいろいろとアクションが取れる。



 このネット社会、昭和がごとき文通等は全て距離をゼロとしてタイムラグはなく、また黒電話のように相手以外が出ることはありえない。


 というわけでLineの通話アプリを使ってお相手と少しお話することになった。


 もともと俺も声を聞きたいとおもって、自分から切り出そうかとタイミングを伺っていたのだが……なんと相手から切り出されてきた。ちょっと嬉しいと同時に、悔しくも有る。


 男ってやつはいつだって格好つけたがりなのだ。でもお話ができるというのは良いことだ。嬉しいことだ、幸いだ。だから格好つけなくても、終わりよければすべてよしなのだ。



 ちなみにこれは余談だが、現代の女性が『待ち』になる恋愛はうまくいきづらいとのことだ。女性から告白を待つというのも日本はダントツに高く、それが婚期を逃す一員になっているという。

 だから女性から誘ったりしても良いのだ。お互いがお互いリードしあって、上手く引っ張り会えればこれ幸い。結果的にはウヒョルンと飛び上がればサイコーなのだ。

 あぁ、トニオさんのイタ飯食いてぇ……。



 というわけで普段Lineチャットでやり取りしていた内容を肉声でやることになった。ちょっと一歩進んだ感があるよね。触れることは出来ないけど、声から相手の心が伝わるって良いよな。すごく良い。


 良いんだがいざ話そうとすると……人間頭が真っ白になるね。うん。これ何を話していいか糸口がまるで見えない。そもそもビジネス他で雑談するなんてだ? うわあ、これは格好悪いぜ……でもまぁ、それも含めて俺と言う人間だからね。しかたないがちょっと悔しいし、改善したい。


 まぁお互い最初だし、ちょっとだけ気恥ずかしくて話も進めなかったんだが……そこはお互いヲタ同士。最強格の趣味人なので一度取っ掛かりを持ってしまえばスルスルと話は進む。


 ゲームに始まり、ドールに始まり、縫い物から家族関係についての話題などなど。ちょっとと言いつつ2時間も話してしまっていた。あっという間だったね。久々に時を忘れるということを思い出したよ。



 そう、文章には文章の、会話には会話の良さというものが有る。文章は返しを考える時間があるため、落ち着いてやり取りできる。対して会話は本当にノータイム、声に乗る感情がダイレクトに相手に伝わる。


 もう文章上、チャット上でお相手は理解しているけれど、俺側は完全にお相手に惚れ込んでしまっている。『ただいま』といえば『おかえり』と言い合えるような関係になりたいと願っている。


 それ故に、ファーストセッションの居心地が良すぎたが為に直感したのが『このままだと友人で終わる』ということだ。お互い趣味人、ほっとけば自律的に動いてしまうのは目に見えている。というか実際ほっとけばひとりで遊びだすのだから始末に負えない。



 俺は、俺達は婚活をしているのだ。



 結婚をして、お互いに支え合う家族を得ること目標とする同士である。なら。そう強く思ったのが最初のやり取りで、デートに誘った理由である。


 だがそれだけでは駄目だ。これは余りに論理的ロジカルにすぎる。もう一歩進む為の、走り出すためのタガは本心という己の根底に潜むものだ。


 つまるところ俺はこの人で本当に良いのか? という疑問。


 マリッジブルーかよテメェ『オッサン』が何いってんだ? とか言ってはいけない。水縹みはなださんはTwitterではよく『君女子だよね? 正直に言って?』と言われるオッサンである。女子力が高いということは、つまり心に乙女が住まうも同然なのだ。深窓の令嬢オッサンである。


 というわけで深層領域の自身がどう思っているのか、非常に悩んでいた。


 お相手が良い人のは確かだ。だが余りにロジカルにすぎる。職業病的な考え方で仕方ないのだが、己の心が分からなかったのだ。そりゃ己の心の内なんて自分でもわかりゃしないのだが……それでも自然と漏れ出るもので判別はできる。


 ある日、彼女とチャットする自分が、すごく嬉しそうに微笑んでいる事に気づいた。


(あ、俺はこの人と触れ合うのが嬉しいんだ……)


 そう理解した時、この人と歩きたいという覚悟が完全に決まった。ロジック&マインドが合致した瞬間である。ああ、俺はこの人を口説く。口説かねばならない。


 覚悟完了、当方に迎撃の用意在り……である。


 レビューで『覚悟完了さあ進め』とあったが、俺の覚悟というものはまさにこの時固まったのだと思う。



 ここで問題が1つ起きた。



 覚悟決まって1つわかったのだが、歯の浮くセリフが『当たり前』に変じてしまうのだ。確かに多少の気恥ずかしさはあるけれど、当人にとってそれは当前なのだから口にしても何の変化もない。


 焚き火だ。火が燃えている。

 星明りだ。美しい。

 朝日が眩しい。帰りたいなぁ。


 そう思うのと一緒だ。


 つまり相手が好きだという情動は『燃え上がる』んじゃなく、ただ泰然として存在するものなんだということ。もはや日常と化したのだ。


 個人的に恋するとか愛するとか、そういったものって本当はよくわからなかった。だが漫画とか小説とかを見る限り、もっと激しく、狂おしいものだと思っていたのだが……全てが全てそうでもないみたいだ。


 『そうあることが当たり前』だと思えることとが本質であり、故に人は本気を出すのだと思う。


 己の見た普通という未来に向かって、最善と思う行動を尽くし、前に進む。俺が得た悟りめいた情愛とはそういうものであった。とても優しく、とても暖かく、とても和やかだ。凪とも、春の屋上とも、とにかく居心地のいい尊い場所である。


 心に暖かな風が吹く、そういった心境こそが斯く在るべきものなのだろう。




 で、何が問題なんだッてェ話なんだがね?


 俺にとってこうした想いは既に当たり前なので、最早口に出しても特に恥ずかしいと思ったりはしない。だって『そう』なんだから。故に言葉に乗る感情は本物であり、真摯な言葉は正しく相手に伝わってしまう。


 つまりボイチャで雑談してたらいつの間にかんだよね。


 しかもに。


 お相手はチャット上でやり取りするなかで、俺の声が聞きたいと言ってくれる程度に満更でもない様子だ。なので俺が好意を持っていることは理解していた……つもりだったのだが、前述の通り文字と言葉じゃ重みが違う。ちゃんと俺が声に出したらパニックに陥ってしまった。


 そうにだ。


 ちなみに彼女、結構な体力を使うお仕事についているので寝不足は大敵である。そこで俺の本心、つまり渾身の口説き文句が大炸裂クリティカルである。さらに悪いことに、彼女が過去付き合った男性は『友達付き合いからなんとなく恋人関係にシフト』していったものばかりで、なんて初体験だったらしい。


 繰り返すがである。


 正直『やらかした』ね。うん。これ、まずいですね。お相手が。流石にボイチャだから相手は見えないけど、そりゃもうゲザったよね。


 何寝る前に心拍数爆上げさせてんですかねぇこのオッサン。バカなんじゃないですか? 全部知ってて切り出したんだよ? マジアホじゃねぇ? 今なら俺をクソザコナメクジと蔑んだとしても許すよね。


 これには焦った。非常に焦った。1%で絶対でないやろと思ったクリティカルが入ってしまい、計画した戦術が総崩れした的な印象を得る。もう平謝りだよね、嬉しそうだったけど……それはそれ、これはこれとして現実問題就労しないといけないからね。


 その後アロマテラピーで何とか気を取り直して眠れたらしいけど、ちょっとあれだね。『当たり前くどき』も時を選びましょうっていう話だよね。


 ホントこのオッサンはしょうもねぇ……成長が必要だぜ……。



 ではコンゴトモヨロシク。

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