男、かく語りき(3)
眩しさに、
やがて目を開けると、
「人は脆くできているだろう」
「だからって、光でどうにかなったりしないよ」
「お前たちの常識で測るな」
常々言っているはずだが、と険しい顔で
「……ごめん。ううん、ありがとう」
狛犬から、入れと無機質な声がした。
「……わたくしには分からぬ」
本殿前に立って暫く、品のある女声が聞こえた。
「あれの想いなど、分からぬ」
御簾越しにぼんやりと人影が浮かび上がった。
話してよいものか。ためらいの後、
「
「……嘘を申すな」
陰りを帯びた声は、少し間を置くと言葉を続けた。
「
「え……?」
「わたくしは見たのだ、あれが睦まじ気に女と話す姿を」
長い長いため息が漏れた。
「森に来るもののけに、あれが雑誌の表紙へ載ったと聞いた。何やら恥ずかしいと言って、あれはわたくしにもでるの姿を見せたがらない。だが、あれの晴れ舞台だ。こっそりと一目見てみたく思った。それで、町へ降り立ったのだ」
この近くで雑誌を売っている場所は、駅前の大型本屋と
だが、あともう少しというところで、彼女は見知った人影を見つけた。
「
他の人間には見えなくとも、
「あれは、電話で話をしていた。相手は女だった。
「奈緒子さん……?」
「外出の話をしていた。二人きりで出かけるのだと、他の者には秘密なのだと、そう言って照れくさそうに笑っていた」
「それは……」
「あれはよい
「お姉さんや妹さんという可能性は」
「妹はいる。だが、名が違う」
返答に詰まった
「そもそも……わたくしが何を気にすることがある」
「
「済まぬ。婆の話に付き合わせてしまったな」
帰るがよい、と柔らかい声がかけられた。直に暮れる、人が歩き回るには向かぬ時間が来ると。
本殿の扉が閉まり、中は再び暗くなった。両隣の狛犬も無言だ。
***
家に戻って数時間後、
「『
「奴の親戚か」
「そうみたいだね。でも、こっそり出かけるとか言ってたのは気になるな……」
「従妹は婚姻できるのか」
「できるよ。だけど、
続いて、メッセージが届いた。
「『てか、なんで
「構わんだろう。だが、付け加えておけ。会いに行くなら日が暮れる前にしろと」
「そうだね」
頷いて
「『今から行く』……え!?」
慌てて電話をかけた。応答があり、ひとまずほっと息をつく。
「
『わり、ちょっと行ってくるわ』
「待ってください、夜に出歩くのは危ないです!」
『だよな。でも、待ってられねーよ朝なんか』
「
無情にも切れた通話に呆然とする
「あの阿呆が!」
「よ、よし、俺も行くっ」
「そういえば、ここにも阿呆がいたな!」
立ち上がった
「おい、出歩くなと言ったのはどの口だ」
「だ、だってさ、
「お前が行ったところで何になる」
「うーん……護衛?」
救いようのない阿呆だと顔に書いてある。
「俺には
「飾りだ、対した力はない」
「でも、その辺の妖怪? なら蹴散らせるって」
「小物はな。夜は神妖の力が増す。より本能に忠実になる時間だ。ましてや、己の縄張りに入って来た者に躊躇はしない」
俺は弱い、と目の前の少年は告げた。
「お前を守り切れる自信はない。危険事は神妖だけではないだろう?」
「それは、」
「お前は、お前を案じる存在がいることを自覚した方がいい」
――いつきちゃん。
だが、
「
「どうだろうな。あの神も格段に強いとは言い難い。あの山では最上の威力を発揮するだろうが、それ以外では……むしろ悪目立ちするやもしれん」
「それなら、」
「なにかお悩み?」
「……え?」
ふいに、少女の声がした。まだあどけない、小学校低学年くらいのそれだ。
「こんばんは。
夜闇を背景に、窓縁へ幼い少女が腰かけていた。
栗色のツインテールに赤いリボン、ぱっちりとした目鼻立ちは何とも愛らしい。ランドセルが似合いそうな年頃の少女が、突如二階建ての窓に出現とはどうしたことだろう。
間違いなく、人ではなかった。
「こ、こんばんは。あ、いや、いじめられてはないです」
「それならいいけどー。ふふ、本当に見えるんだねっ、すごーい!」
「は、はあ……」
「
「おつかいの帰り! そういう
違うと口を曲げた
「この子が依代なんでしょ? 可愛いね、イケメンになるといいなー」
「これ以上はそう変わらんだろ」
「そんなことないよー、人間はここからぐっと成長するんだもん。ね、あなた、お名前は?」
「
「あははっ。
「あたし、取って食ったりしないよ?」
「どうだかな」
そっけなく視線を逸らした
「……
「ん? なあに?」
「俺達を、
「
「そうだ」
少女はこてんと首を傾げた。
「いいけど、今から? 夜の山は割とデンジャラスだよ。
「もう一人、食べられそうな人がいるんです。今、その山の方に向かっていて」
「へえ、それは大変だね」
手の平を上にして唇の前に持ってくると、少女が
「なんかよく分かんないけど、急いでるんでしょ? 付き合ったげる。行こっ」
「待て」
同じく浮いていた
「痛っ……何するのさ、いきなり」
答えぬまま、
「お、俺……!?」
「お前の気配だ。これで暫くは持つ」
「気配……? それって、髪の毛がいるの?」
「身体の一部が必要だ。手っ取り早かった」
「だからって抜くのはちょっと……今度は切るとかしてほしいなあ」
「こんな状況が度々あってたまるか」
祖母を心配させないためだと
全く、仕方のない。
なんとも不愛想な返答だったが、
***
「探し人はどんな人ー?」
少女――改め
「大学生……あ、いや、二十代の男性だよ。俺より大人の人」
「大学生かあ、若いね!」
「え、分かるの?」
「うん。あたし、そこそこは人間の世界のこと知ってるよ! あちこち吹いてるからねっ」
「吹く……」
地上から遥か高い場所を、
「イケメン?」
「うん、読者モデルをしている人で整った顔だよ。女の子からとても人気みたいだ」
「読モかあ! そっかー、綺麗なのはみんな好きだから、危ないかもね。途中で見つけたら教えて?」
「分かった」
どうやら、顔のいい男が好きらしい。幼い外見で言われると妙な感じだ。
いくつなのかと聞いたところ、レディに失礼だよっと怒られたので分からない。少なくとも己よりは年上そうだと敬語を貫いていたが、やめてほしいとお願いされた。よって、今の状態になっている。
そうこうするうちに、
「
本殿の前に、何かが倒れている。ぼんやりと光るのはなんだろうか。寄り添うようなその影に、
「
「え……!?」
さっと血の気が引いた。
「いっておいでっ」
「
「あたしはここまでっ。あまり神が集うのはよくないの、気配が強くなりすぎるからね」
「わ、分かった。ありがとう」
「側にいたのはあの姫様だった。もうずっと、外には出たことなかったはずなのに」
「え……?」
でも、この前町へ。
喉元まで出かかった言葉を
全て、
そうだ、分かっていたはずだった。これは、間違いなく、あの女神にとって――
「かなり気が立っていた。神域の中に入っては駄目、あなたは部外者。あの男の子が特別なの」
「でも、見届けたいんでしょ?
「……いざとなったら、こいつごと空へ吹き飛ばしてくれ」
「りょーかいっ」
半ば観念した様子で、
こちら、神様安定所 柊 @1hiiragi1
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