ex. #2
心臓をバクバクさせながら、私はバタバタと階段を下りていく。
その先、廊下に出るとこらへんで。
ひとり、腕を組んで立っていたのは、金色の髪をした美少女だった。
「えっと、エクスちゃん。言われたことはやったつもりだけど……」
おずおずとそう言うと。
「ありがとう。可憐」
まるで部下をねぎらうかのように返された。
不快感はない。この子にとっちゃ普通のことだし。
逆の立場になることもなくはないので、ま、ロールプレイみたいな感じ。
身長的に少し見上げられる形になるから、なんかやっぱ可愛いし。
けど、その後が普段とは違った。
大社長よろしく偉そうな態度だった美少女は、わずかにあごを引いて。
両手を後ろに回して、その小さな身体をふりふり。
もじもじと上目づかいで。
好奇心と、あと何かしらの甘酸っぱさをその瞳に浮かべながら。
「――告白、した?」
そんなことをのたまった。
「……エクスちゃん」
私は何と言うか、いや、呆れて何も言えないというか。
はあああぁぁぁぁぁぁ、と。
さっきまでの緊張感が霧散するくらい深いふかーい息を吐いてから。
「ざけんなっ!! 馬鹿ッ! あほっっ!!!!!!!」
大声で吐き出していた。
チビとか言わない程度の冷静さが残っていることに我ながら感心はするけど、もちろん本気で怒ってはいる。
一方、眼前の美少女は平然と、立場上、こういう罵声への対応は慣れているといった様子……なんだけど、わずかに動揺を隠せてない感じ。
「はあ……」
私はもう疲れたといった風に、わざとらしく息を吐いて。
「結局、なんだったのさ。今の」
そう訊くと。
「仕事」
ぽつりと、特に抑揚もなく告げられた。
「……あ、そ」
ま、こんな返しもよくあることで。
同じ年とはいえ、この子は大人の中でバリバリ仕事なるものをこなしてる。
なんかネットに絡んでるやつらしいけど。
で、その仕事とやらにかかわることで、それこそ「なんの変哲もない普通の生徒」ではないエクスちゃんが、自分で調べたり、他の生徒に尋ねたりできないようなことを、ときどき私に頼んだりすることもあったりする。
ただ今回は根本的に違うし、切羽詰まった感じだったのは確か。
けど、ま……そんなことを抜きにしてもさ。
ぎゅっと美少女に両手を握られて、必死な表情でお願いされたら、一体、誰が断れるというのだ、まったくもう。
ただまあ、仕事つーか損得勘定で考えるなら……私も損したわけじゃない。
そりゃ、なんつーか……理由はどうあれ、会話すること自体、悪いことでもなんでもないわけで。
「でもさ……」
どうもその会話の流れというか、最後の結果として、エクスちゃんに頼まれた通りにはならなかった気がする。それこそ仕事として頼まれたのなら、失敗したと言って良いほどに。
「――大丈夫、クレアにフォローは頼んだから」
と、気まずそうにエクスちゃん。
「ん……あ、そ」
流石にむっとする。
あんなに必死に頼んでおいて、結局、私のことなんて――
「ごめんなさい。そっちは本当に大事なことだったから」
私の不満をくみ取ったのか、エクスちゃんは深々と頭を下げた。
「……ふうん」
つまらなそうに返してみるも、ま、わかってくれてるなら問題ない。
けど、そっちって言うのは、やっぱり――
「って、あ、そだ」
私は胸ポケットに入れていたものをつまみ出した。
それは――銀色の指輪。
ついさっきエクスちゃんに渡されたもの。
宝石がついてないシンプルなやつだけど、光が当たるとその円周上に赤い色が浮かび上がって、とても綺麗。
窓から射す陽光に照らして、その美しさを堪能しながら改めて、思う。
「この指輪ってさ、なんか――過去から来たみたいだよね」
別にお洒落な言い方を選んだとかじゃなく、素直に思い浮かんだ言葉。
古びたと言うのか、アンティークと言うのか、実際よくわかんないけど。
「――それ、カッコいい表現ね」
ぽつりとエクスちゃん。
「そ?」
褒められたみたいで素直にうれしい。
普段、他人を(自分も)褒めないエクスちゃんだから、特に。
「それで、可憐――どうだった?」
エクスちゃんは、そのまま平坦にそう続けた。
「……はい?」
意味がわからず、私は上ずった声をあげて、美少女に視線を戻す。
それは、えっと……この指輪がどうだった、って意味?
どうだったも何も、そもそも何の説明もされてないし?
ただ「持っていって」と言われて、無理やり渡されただけ。
彼に渡すのかと訊いたら、ただ持ってれば良いと。
で、ま、盗聴器的なもんかと思ってたわけだけど、今のエクスちゃんの反応を見る限り、私たちの会話は聞かれてなかったみたいだし……?
むむむ……? じゃあ、なんなんだ、これ。
などと。
私が疑問に思うことは、当然エクスちゃんは理解しているはず。
けど、どうもエクスちゃん自身も何か困惑してるみたいな感じで、尋ねても素直に答えてくれなさそう。ふむふむ。なるほど。それなら。
「エクスちゃん、この指輪、私がもらっていいの?」
と、軽いジャブ。
「え」
きょとんとした顔を私に向けて。
直後明らかに焦った色を見せたのに、すぐに真顔決め込むエクスちゃん。
そんな珍しくも愛らしい姿を見れた時点で、私は十分に満足。
けどまあ、せっかくだし、追い打ちをかけてやろう。
「この指輪さ……たぶんだけど、おまじない的なヤツじゃないの? 恋の」
くくく、と、わざとらしく笑う私。
明らかな挑発に、むっとされるかと思ったけれど。
「……そんな感じ」
言って、目を逸らされた。
え、この反応は……って、あれ? じゃ、ひょっとしてマジなの?
そりゃだって、あの、天帝の……この、エクスちゃんが言うことなら……
これ本当に、恋の……? え? マジで? ヤバくね?
と、私は改めて指輪を見たあと、再び美少女の顔色を伺う。
んー、えっと……真顔。
よくわからん。
であれば、まあ、とりあえず煽り続けてみよう。
「なるほど、本当は自分が使いたかったんだ! 恋のオ・マ・ジ・ナ――」
「チガウ」
私の言葉が終わる前に、強くフラットな声で返された。
それは明らかに肯定を意味する――否定の言葉。
真面目な顔のくせに、じっと私を睨みつけながら、頬を赤めらせて……
もうねー、いやホント、この子ずるいよ、ホントずるい。
さっきから、いや、ま、つーか、いつもそうだけどさ。
ずるい、美少女って、ホントずるい。
そんな表情されたら、もう……なんも悪いこと言えないじゃないか……
などと、私がネタミソネミの感情を持て余している間に。
ぱぁん! と。
目の前の少女が、両手で自分の頬を叩いていた。
それこそ眠気を覚ますかのように。
驚いた私の目の前で。
両手を下ろし、きりりと見上げる瞳は凛としていて。
まるで今までの腑抜けた自分を断ち切ったが如く。
「――違うから」
今度は正しいアクセントで告げられた。
それは普段のカッコいいお嬢様としての、超一流の立ち振る舞い……
の、はずなんだけど。
強く叩きすぎたのか、おたふくのように頬だけが赤くなってしまっていて。
どうにも、しまらない。
「可憐にそれを試してもらおうとか――そういうことじゃないから」
それでも真剣な眼差しで、そんな言葉を続けた。
「え、いや別に……?」
「そんなものに――意味はない、それを確かめて欲しかったの」
「んー……??」
ハテナハテナがつくことだらけ。
まあ、さっきからこの子がおかしいのはわかる。
それはたぶん、ついさっきの私との――恋バナ。
あれが原因でなんか変な感じになってる……んだと思うんだけど。
にしたって、こんな論理性のない話し方をする子じゃない。
絶対おかしい。とてもおかしい。
というか、そもそも今朝、教室に来たときから様子が変だったような気も……
「――や、まあ、なんでもいっか」
思わずそんなことを口にしていた私。
「言いにくいことだって色々あるだろうしさ」
察するに、この子にイレギュラーな事態が起きてるのは間違いない。
けど何らかの理由で詳しく話せない。
そう解釈するのが妥当だろうよ。
だから私があれこれ勝手に考えても仕方ないし、意味がない。
「大丈夫。頼れるだけ頼ってよ。エクスちゃんのこと信じてるから、私は」
なんか変にお姉さんみたいな言い方になってしまったけど。
でもさ、この子、いつも真面目すぎるし、少し肩の荷を下ろしてあげないと。
それこそ「なんの変哲もない普通の生徒」じゃあないエクスちゃんが、私みたいなお気楽生活を……
と、何か熱を感じて、改めて視線を向ける。
それは高貴なお嬢様に似つかわしくない、ぽかんと気の抜けた表情で。
それから――
にやあ、と、薄笑いというのか。
今まで確実に見たことのない、なんだかよくわからない表情を浮かべていた。
「……なにさ」
思わず訊くと。
「ん、なんでもない」
言って、くすくすと愛らしく笑い始めるエクスちゃん。
妙に嬉しそうな声色。けど、急に改まった感じで。
「――可憐」
私の名前を呼ぶと。
「その指輪、ね」
なんか、こう、年相当というのか。
「――勇気の出る、おまじない、なの」
ふふ、と、柔らかい感じでそんなことを言った。
嘘か本当か、わからない。というか……なんだ。
今度は明らかに「エクスちゃん自身の言葉で私が戸惑っている」ことを理解してる様子が見てとれる。なるほど……いつものエクスちゃんだ。
「……はあ」
ま、そんな感じで適当に返事をするしかないだろう。
おまじない、ねえ……
「けど、うん。ま、確かに……あんまり気おくれしないで会話できたかも?」
きれいな指輪を見つめながら、私はそう呟いていた。
そんな気もした。気もしただけ、しただけだけどさ。
「……そ」
短く答えたエクスちゃんは、何だか嬉しそうにも見えた。
「ともかくありがとう、可憐。それで報酬は――」
エクスちゃんが急にそんなことを言い始めたので。
「だからいらない。どっかで学食おごってくれるとかで良いってば」
「そ」
私がそう返すと、エクスちゃんも小さくうなずいた。
ぶるぶる。音。
エクスちゃんは震えるスマホを取り出しながら。
「ごめん可憐。また後で」
くるりと背を向けた。
「え、あ、ちょ! エクスちゃん、指輪返す――」
慌てて声をかけるも。
エクスちゃんの動きが止まった。
ぴたりと、まるでロボットの電池が切れてしまったかのような感じで。
たぶんスマホの画面を見たからだと思う。
「――それ、あげる」
小さな背中を私に向けたまま、消えるような声でそう言った。
「え……でも」
「報酬。学食の代わりに」
「え、学食の方が全然安いでしょ……? こんな高そうなの、もらえな……」
「お願い。もらって」
エクスちゃんはくるりとこちらを振り返って。
顔を伏せたまま、ぎゅっと、指輪を持っていた私の手を、両手で握りしめた。
「……あ、うん」
思わずそう返してしまった。
エクスちゃんの声は少し上ずっていて。
泣いているような――怒っているような、そんな複雑なものを感じたから。
「大事に持っていて。お願い。可憐」
私は返す言葉もなく。
それでもエクスちゃんは。
「――応援するから。私」
目を合わせることもなく、そう言って。
再び背を向け、走り去ってしまっていた。
ひとり残された私。
何を応援してくれるのか。そんなこと、確認するまでもないだろう。
じぃんと。
私は指輪を握りしめたまま、目元を熱くしていた。
今、ここで起こったこと。
何だか、正直、わからないことだらけだったけど。
私のことを、友達だと、そう思ってくれている。
それが伝わってきただけで十分だった。
だから今のエクスちゃんの言葉は――きちんと胸に抱えておこう。
そう。
なんだけど。
だからこそ。少し――いや、すごく。
心が、痛い。
だって私のは――無理だもん。
うん。そう。
ぐっと、校舎の天井を見上げて、両手を強く握り締める。
こう熱いんだか、冷たいんだか、そんなぞわぞわが足元から。
そう、仕方ない、仕方ないんだ。だって。
私の恋は、絶対に、絶対に、絶対、絶対に――叶わないのだから。
ぐしゃぐしゃと、目頭をぬぐう。
熱くて、痛い。
悔しい、でも、けど、だってさ……
ぱんっ! と。
私は、さっきエクスちゃんがやったみたいに、自分の頬を、強く叩いた。
忘れよう。切り替えよう。
そう思い込んで、私は教室の方に足を向けた。
――誰もいない廊下を、ずっと歩きながら。
ひとり思う。
そう。
私も応援しよう。
さっきエクスちゃんから名前を聞いて――正直、意外なヤツだとは思ったけど。
けど。
なんか、キャラ的にも、たぶん、いや結構――お似合いな気がする。
でも、もちろん一般人とお嬢様。
ロミオとジュリエット的な。
そんな立場の違いとか、あるとは思うけど――多分、乗り越えられる。
うん、アイツは――そういうヤツだ、たぶん大丈夫、いや、絶対に。
立ち止まって。
私は握りしめていた手を広げる。
私の熱を持った、私がもらった銀色の指輪を、ふと指でつまんで。
じっと遠くに眺めながら、つい、私は、強く強く祈っていた。
――あの子に、最高の恋愛がもたらされますように、と。
可憐で異能な生徒会長であるところの双子の美少女を救うための物語 こばとさん @kobato704
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