救急車のサイレンが遠くで聞こえる。ぱちぱち、ぱちぱちと耳の近くで閃光が鳴った。僕たちはどうして此処に居るのだろうか。僕と対峙している机上のプレーンオムレツは、何をしているんだ、早く食べてくれないか、なんて文句を呟いている。アイスティーに関してはきまりが悪そうに冷や汗を流すだけで何も言わない。勘弁してくれ。食欲が無いんだ。皿の上に乗った世間体と、グラスになみなみと注がれた体裁は、僕が此処から追い出されないように守ってくれている。これさえあれば僕だってお客様なのだから。もう少しだけ時間を稼いでくれないか。目の前に置かれたおしゃべりな新聞はもう何も教えてくれなかった。今日のニュースは昨日起こった事の反芻であって何も面白くない。


僕は自分の首を絞めながら文を書いている。息苦しい走馬燈をそのまま原稿用紙にぶちまける。若き天才作家は「常に読み手の存在を意識して、独りよがりな文章にならないようにしています」とのたまった。独りよがりな文章とはきっと僕が書くような文章だ。僕は自己満足のために創作活動をしている。字を踊らせ、単語を整列させる。でもそれは僕が美しいと思える芸術で、大衆的な美学ではない。そのうち自分の首が締まる。だらり、と体が垂れ下がる。ロープが消える。落ちる、落ちる。最底辺にまで落ちると、そこからは這い出るしか選択肢が無くなる。しかし動けない。一生底辺で這いずる覚悟ができたのならば。僕の書いた小説は、ただの文字列が並んだ紙の束と化した。


どうしようもない焦燥感に駆られ、プレーンオムレツを急いで平らげた。そうがっつくなよ。おいていかないで。と、声が聞こえた。


自分の書いた小説は自分で読んだところでこれっぽっちも面白くないから、こういうものが独りよがりなのだと悟った。













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