第二章 迷い狸の狐太郎(2)
「うぐっ」
「現代の言葉でピンチというヤツだね。その追い込みが弱いということかな。登場人物が解決できそうな問題しか起こさないから、読んでる方がドキドキしないんだよ」
「そ、そうか……」
なんとなく面白くないくらいはわかっていたが、こうハッキリ言われるとさすがにショックだった。
というか、こいつ小説読むの
「だったら、どうしたらいいんだよって言いたげな顔だね」
ショックから立ち直ろうとしてる俺に土地神のヤツがニタリと笑った顔を見せる。
「何か解決策があるっていうなら是非聞きたいね」
俺としてはそんな都合のいいものがあるわけない、そういうつもりで言ったのだが。
「君、僕をなんだと思ってるんだよ、こう見えても神だよ?」
「解決策があるのか?」
「ピンチが思いつかないなら、本当のピンチに飛び込むんだよ」
「本当のピンチねえ」
「この間だってそうだったろ? 僕の導きで出会った事件が君に傑作を書かせた!」
それでこの一連のやりとりの意味がやっとわかった気がした。
「……で、今度も手伝えって?」
「さすがに察しがいいね。僕も神格が上がったせいで、他の神様たちから相談が来るようになってね。その神様の友達、現代の言葉で言うとカミ友ってところだけど」
「さすがにそんな言い方はしないだろ」
「ま、とにかく僕のカミ友から、ちょっと僕一人では難しそうな話があってね。君に手伝ってもらいたいってわけさ」
「で、俺はそれを手伝った結果、また小説を書けるようになるってか」
「そう、これがウィン‐ウィンってヤツだろ?」
「手伝えば書けるって保証はないけどな」
「大丈夫さ。君はピンチにさえあえば傑作が書ける。それは僕が保証しよう」
「イヤな保証だな、おい」
俺は
「で、俺に何を手伝えって?」
「うん。君には狸の国に一緒に来て欲しいんだ」
「狸の国?」
予想外の言葉が飛び出してきて俺はオウム返しにしてしまったが、土地神は笑うだけだった。
つまり、聞き違いではない。そういうことだ。
***
「しかしよう、頼み事があるってなら、お前のそのカミ友ってヤツが来るのが筋なんじゃねえのか?」
すぐ行くのかと思ったが、狸の国に行くのは次の日になった。
最初は急いでないのかと思ったが、実際に行く段になってそうじゃないことがわかった。狸の国ってヤツは山をかなり分け入ったところにあって、夜に行こうものなら遭難して死にかねないからだった。
いつも通りの文豪スタイルは向いてないと言われて、アウトドア向きな恰好に着替えさせられたが、その必要性を痛感している。
それにしても家の裏手の道から少し入っただけでここまで自然が残ってるとは思ってもいなかった。狸の国なんていうから電車で遠くまで行くのかと思ったら、裏山とかそんなノリだ。しかしそんな気軽さに反して、すでに人の歩く道らしいものはない。完全に右も左も山の中って感じだ。
一応、猫だかキツネだかの恰好をした道案内がいるのだが、時々明らかに道に迷った様子を見せるのであまりアテにはできそうにない。
「一言に神と言ってもいろいろいるからね。ここまで来たからわかるだろ? これから会いに行く山の神様は昔ながらの強い神様なんだ。彼には土地を見張る必要があるし、僕みたいな非力な神の土地にやって来られると影響も大きいんだよ」
「……なるほどねえ」
わかったようなわかんないような説明だったが、ここがすでに人間の暮らす土地ではないのはなんとなく感じ取れた。
うっそうと茂った木々であまり光の当たらないこの場所は、もう獣の土地であり、その山の神ってヤツが支配する領域なのだろう。
ここでは俺が部外者であり、相手によっては敵であり、獲物なのだ。そう考えると偉いところにつれて来られちまったという気分にもなる。
「この辺だと思ったんだけどなあ」
土地神のヤツが小さく呟いてその場で立ち止まった。
「まさかと思うが道に迷ったのか?」
「迷ったんじゃない。アテが外れただけだよ」
「それを道に迷ったと言うんですけど!?」
「そう慌てる必要はないよ」
土地神のヤツは俺の言い分を面倒くさいと思ってるのか少しも動じる様子もなく、そのキツネみたいな
「なんの儀式だ、それは」
ちょっとしたイヤミのつもりだったが本当にそうだったらしい。
「迎えを呼んでるんだ」
太鼓を叩くような、決まったリズムの繰り返しで尻尾が地面を叩き続ける。すると。
「お……」
一匹の狸が暗がりの中から姿を現した。
「どうだい?」
ドヤ顔で土地神のヤツが俺の方を見る。迎えを呼んだのは確かに
「助かったよ」
とは言え、こんなどこともしれない場所で途方に暮れるのもゾッとしないので素直に感謝しておくことにする。
そんなやりとりをしてる間に狸は俺たちの側まで寄ってきていた。俺という人間がいるけど逃げないのは、やはり土地神のヤツが一緒だからなのか。
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