第二章 迷い狸の狐太郎(1)

 あれからの土地神のヤツはいたって楽しそうだ。

 俺の連載が好評なせいで、アイツに神としての力が注ぎ込まれてるとかなんとか、神格が上がったとかなんとか言っていた。そのせいで誰かに呼ばれてるんだかちょくちょく出かけるようになった。まあ、いつも俺の側でうろちょろされてるのも困るが、どこで何してるかわからないってのも少し困る。

 一方、俺はと言えば、相当に苦しんでいた。

 連載が好評だったせいで、またプレッシャーを受けているせいか筆が進まない。そんな情況で書いてるもんだからそこかしこでぎこちないし、細部に目をつむったとしても話が面白くない。自分でも面白くないのがわかるのだからかなりのものだ。

ひかる、どうやら苦戦してるようだね」

 そして原稿が書けずに俺がうんうんとうなってる間に土地神のヤツは帰ってきていたらしい。声のした方を振り返ると猫だかキツネだかよくわからんしゃべる動物がいた。

「なんだ、お前か」

「なんだとはごあいさつだね」

「こっちはどこに行っても問題ない居候とは違って仕事をしないといけないんだよ」

 ちょっとイラッとしてたせいで、余計なことを言った。そのせいか、それが今度は倍になって返ってきたようだ。

「ふむ。しかし君は別にお金に困ってるわけじゃないし、しばらく観察した限りでは作家以外の方が向いてるように思うけどね」

「……作家以外、何が俺に向いているってんだよ」

「それこそ作家以外ならなんでも」

「ははは、面白いこと言うね、お前も」

 正直言うと、俺もそう思わないわけでもなかった。これだけ作家として生きるべく努力をしてるのに書けたのはデビュー作と、この間の短編だけだ。

ほこらの修復も見事なものだったし、掃除も上手だ。近所におすそけしてる料理もすこぶる評判がいい。とにかく君ってヤツは才能の塊だ。この間も女性を追ってきた賊を奇妙な武術でいなしていたしね」

「合気道だよ、合気道。奇妙な武術ってなんだ」

「まあ、武術の名前はどうでもいいが、あれほどの腕前は早々身につけられるものではないじゃないのかな」

「まあ、習ってた道場の師範に後を継いでくれないかと言われはしたけどな」

「なのに君は書けもしない小説にこだわっている」

「書けもしないってことはないだろ、書けもしないってのは! 少しは書いてる」

「じゃあ、読ませてもらうよ」

 言うが早いか、猫かキツネかよくわからん動物はひょいっと飛び上がると俺の机の上に乗った。さらに俺の原稿用紙の束に触れたかと思うと、それが二つに増えたように見えた。こいつは神様なので物質には直接触れず、その魂みたいなものを触るらしい。要するに原稿からその魂だかを抜き取ったというわけだ。

「ふむ」

 土地神のヤツはあぐらを書いて座り込むと、真面目な顔をして読み始めた。獣のかつこうのくせに器用なヤツだ。どういう関節をしてるのかかなり気になる。

「…………」

 茶化すとかバカにするとかそういうつもりではなさそうだ。ちゃんと俺の書いたものを読む気らしいとわかると俺も余計なツッコミとか入れてる場合ではない。黙って読み終わるのを待つことにする。

 原稿用紙を一枚読んではどかし、また一枚読んではどかし。てのひらの肉球で加減してるのだろうか。

「……どうやってるんだ、コイツ」

 その様に俺は小さくつぶやくが、うるさいなとにらまれた。

「わ、わるい」

 こいつはもちろん編集者とかではないが、やはり自分の書いたものを読まれるとなると俺としても緊張する。それが猫かキツネかよくわからん動物であってもだ。

「なるほど」

 少しして土地神は読み終えて立ち上がると原稿の束を元の場所に戻した。それは元からあった原稿の束に吸い込まれてまた一つになる。

 それを確認して土地神のヤツは机の上からおり、一度、腕を組んでまた少し考え事を始めたみたいだった。

 俺はその行動の意味がわからず黙って見ていたのだが、その時、土地神の中から何か白い物が飛び出てきた。

 正確にはそれは土地神のヤツの本体とも言うべきもので、まあ、魂とかそういうものだ。本来のコイツは人間みたいな姿をしているのだが、エネルギーの消耗が激しいとかでいつも木彫りの動物の中に入っている。

「お、おう」

 その白い何かは人の姿になって俺の前に立った。人の形になってもそれは白いまま。白い髪、白い肌、白い服。目だけは血のように赤く少し怖い。こうなった時のコイツは俺よりも背が高いため、俺は見上げる形になる。

「出てくると疲れるんじゃなかったのか?」

「確かにね。でもこちらとしても真剣だという態度は見せないといけないだろう?」

 俺の仕事に一言申すのだから、それなりの手順が必要と言うことか。

「君という人間を観察してきたが大変、優しい人間だと思う」

 そう思ったのにそいつの口から出たのは作品の話とは少し違うようだった。

「何の話だよ、それは」

「小説というのは作り物ではあるが、それでもそれを書く人間の性格というのか、性根というのかそういうものはどうしても出てしまう」

「それで?」

「あえて言わせてもらうが、君は作家としては優しすぎるのだと思う」

 土地神のヤツは赤いひとみで俺の方を睨むように見た。厳しい表情、厳しい言葉。

「……過ぎたるは及ばざるがごとしってか」

 そしてヤツが言わんとすることが俺にはわかった気がした。

「君は登場人物にも優しい。だから面白くならないんだよ」

 身構えていたけど、その言葉は俺の心の柔らかい部分に容赦なく刺さった。

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