第一章 書けない原稿(7)
「
「辻神?」
「土地神よりも格下の、道を守護する神だよ。もっとも見ての通り、ここには彼が守護すべき道もないし、彼は前からここにいたわけでもない」
「……じゃあ、なんでこんなのがいるんだよ」
「案外、彼女が連れて来てしまったんじゃないのかな。聞いてみて欲しい。
土地神の言葉に従い、俺は美羽さんに兎の神のことを尋ねた。
「土地神のヤツが言うには、兎の神がここにいるんですが、美羽さん、何か心当たりありません? 二兎一対の神ってのに」
「兎……仕事帰りに見かけた、あの子のことかな」
「心当たりがあるんですね」
「仕事から疲れて帰ると、時々、家の前の道にいて」
美羽さんは恐る恐る自分の過去を
「間違いないな。その兎だよ」
「なら、なんでそれが彼女に見えないんだよ」
「神が見えるというのはあんまりいいことじゃないんだ。人間の世界との接点を失いかけてるということでもあるからね」
「……じゃあ俺もヤバいんじゃないのか?」
「君は……まあ血筋とかもあるし、何より見えてる神がこの僕だからね!」
「やっぱりヤベえんじゃねえか、それ!?」
俺はやっぱり祟られてるんじゃないかと不安になる。
「でも一羽だけだったから違うのかな」
美羽さんはしかし土地神の声が聞こえないのでそんなことを言い始める。
「
「そういうことか」
とすれば美羽さんを祟ってるとは言え、邪悪な神というわけでもないようだ。
「美羽さん、その兎とは結局、どうなったんですか」
「しばらく仕事から帰る度に会っていたんだけど、限界感じて田舎に逃げてしまったからそのまま……」
美羽さんの言葉に土地神は腕を組み難しい顔をする。
「最後に会った時、何か約束をしたんじゃないかな」
「約束?」
「聞いてくれたまえよ」
「お、おう。美羽さん、その兎と最後に会った時……」
会話の半分、俺の言葉が聞こえていたせいか、途中で美羽さんにはもう思い当たったらしい。彼女が震え始めた。
「また来るね──って、そう言ったのに私……」
「そんなのただの
俺はそう思ったのだが、土地神のヤツは大まじめな声でそれを否定する。
「神にとっては約束というのは人間が考えるよりずっと重いものなんだ」
「ずっとここにいたんだね」
その時には美羽さんにも黒くなってしまった兎の神が見えたらしい。確かにその視線がそれを
「この子も寂しかったんだね、私が約束を破ってしまったから」
「そういうことみたいですね」
俺の意見に土地神も頷く。
「悪気があってやったことじゃないから、この神も恨んでいるわけじゃない」
「でも祟ってたんだろ」
「神っていうのは招かれてない土地に居続けると、その土地の
「縁が
原因はわかったが俺にはお手上げの分野だ。さすがに神を元に戻す方法なんて習得していなかった。
「ここはこの兎よりも上位の神、土地神の僕の出番だろうね。ちゃんとやってみせるから、彼女にも
「おう」
俺が確約すると、土地神の猫みたいな体から白いものがスッと出て来た。それはしばらくすると人のような形を取る。白い髪、白い肌、白い着物。
「もしかしてこっちが本体?」
どうやらそれがこの土地神の本来の姿というヤツらしい。
「うん。普段は消耗が激しいから木像の中に入っているけどね」
「……そうだったのか」
「なかなか神々しい姿だろ?」
「自分で言うとなんかなあ……」
土地神のヤツは音もなく兎の神の所まで歩くと、その頭に触れた。それで黒い兎の頭から黒いガスが立ち上っていく。どうやら
「ゴホッ……ゴホンゴホン……」
しかしそれは本当にガスみたいなものだったらしく土地神のヤツがむせ始めた。いちいち
「大丈夫か、オイ」
「なに、この子には他所の空気でも、僕には自分の所の空気だからね。そこまで体に悪いということもないんだよ」
「そ、そうかあ……」
さっきよりも顔色が悪い感じがするし、全体的に薄くなってる気がする。本当はかなり無理してるんじゃねえのか?
それでも俺には黙って見てるくらいしかなかった。それこそ信じるのが力になるらしいから信じてやるのが俺の仕事ってヤツだろう。
それが効果があったのか土地神の触れた黒い兎が少しずつ小さくなっていく。
「ま、こんなところかな」
やがて最初からするとかなり小さい白い兎になった。
「おおう、大したもんだな」
「僕はこの土地から出られないから、明日にでもこの子を元の場所に戻してやって欲しいんだけどね」
「それくらいは任せておけ。美羽さん、この辻神がいた場所、教えてくれませんか?」
「いいけど……」
美羽さんはそれを渋るような言い方をする。
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