第一章 書けない原稿(3)

 そんな判断をした俺が相手に歓迎されたかと言えば、残念ながらそんなこともなく。

 そりゃ土地神が盗み聞きして心配してるので助けに来ましたなんて言うヤツを信じるヤツがいたら俺だってやべえと思うし、その説明もなしならフラッとやってきた怪しい男でしかない。

 しかも田舎の狭いネットワークで、知らない男がウロウロしているという話はこの家の家族の耳にも入っていたようで、俺がそっち側と見られても不思議はない。

「あなたみたいなののせいでうちの娘が出戻りって呼ばれてるんですよ! その責任を感じてるならさっさと出て行ってください!」

 てなわけで俺はその女性の母親に偉い剣幕で追い返されそうになってしまった。

「俺の言うことを信じてもらえる神の力とかねえのかよ」

「そんな人の考えを変えるような力あるわけがないだろ」

「だろうな」

 入り口から失敗したと撤退を考えた俺だったが、母の怒りの声を聞いて本人が気になって現れてくれて少し風向きが変わった。

「もしかして志男くん?」

「……そう、ですけど」

 向こうは俺のことを知っているらしい。しかし俺は顔を見ても思い出せなかった。

 女性は歳は俺よりも少し上。都会で暮らしててこちらに戻ってきたということもあって垢抜けたOLという感じの人だった。

「志男くん?」

 そして女性の母親も言われて何か思い当たるところがあったようだ。

「もしかして鈴木家の……?」

「はい、その鈴木の志男ですが……」

 あまり名乗りたくない本名ではあったが、ここで否定してるとさらにややこしいことになりそうだから、ここは認めておく。

「それは失礼しました」

 そして母親はさっきとはまるで別人のような礼儀正しさで俺に頭を下げてきた。

「いえ、そんな、こっちも誤解されるような切り出し方でしたし……」

 引っ越してきてから時々感じたことだが、どうもこの土地にずっと住んでいる人間からすると鈴木という家名はちょっとしたブランドであるらしい。

「志男くんもこっちに戻ってきてたのね」

 母親がかしこまってるのに娘の方は友達みたいなフランクさだ。向こうの方が年上なのだから、それ自体はおかしなことではないけど。

「美羽! 失礼でしょ、そんな態度は!」

 やはり母親もそれが気になったようだ。

「……すみません」

 美羽と呼ばれたその女性は母親には謝ったが、俺の方を見て苦笑いをしてみせた。

「私、志男様と少し出て来ます」

 それから母親の方を見ずにそう告げる。その目で俺に話を合わせてとサインを送っているのがわかった。

「お嬢さんをお借りしてもよろしいですか?」

「それは構いませんが、怪しい男がいるという話で……」

 母はそれは心配で娘を外には出したくないと言いかけたのだが。

「何かあったら志男様と土地神様が守ってくださりますよね?」

 娘の方はそう言って俺と腕を組んでさっさと玄関を出て行く。俺はと言えば、土地神のことが見えてるのかと思ったのだが、その女性は別にいるのに気付いて言ったわけではなさそうだった。

 そう言えば母親が承諾する。その方便として使ったようだ。


「いやー、助かったよ、志男くんが来てくれて!」

 家から少し離れたところで、美羽と呼ばれていた女性は俺から離れて両手を上げて大きく伸びをした。

「いや、まだ、助けてはいないんじゃないかと思うんですが」

 どうも話が噛み合ってないのを感じる。というか俺はこの人のことが相変わらず思い出せないでいた。でも「会ったことありましたっけ?」と聞いていい雰囲気でもない。

「ん?」

 それがなんとなく相手にも伝わったのかもしれない。ちょっと不思議そうな顔で女性は俺の方を見た。

「み、美羽さん?」

 知り合いらしいので、さっき聞いただけの名前で呼びかけてみるが少し噛んでしまう。下の方で土地神のヤツが笑う声が聞こえた。

「なに?」

 親しげにけっこう近い距離でこっちを向く彼女。改めて外で見ると中々の美人だ。

「美羽さんのことを聞いて回ってる男について心当たりはあります?」

「え? もしかして本当に助けに来てくれたの?」

 美羽さんはおかしそうに笑い始める。

「……えっと」

 俺はその意味がわからず固まってしまう。

「ごめん、ごめん。そっかー。あの志男くんが私のこと助けにきてくれたんだ」

 美羽さんはその固まった俺を見てまた笑った。

「どういうことなんですかね」

「さっきも会ったからわかると思うんだけど、うちの親は頭が固くて、東京から戻ってきた私のこと、ご近所さんに恥ずかしいからって家に閉じ込めてて。それで志男くんを出汁にして出て来ちゃったわけ。これが最初の助かったの意味」

「そういうことですか」

「しかも最近、怪しい男がうろついてるってウワサでお母さんの警戒がさらに厳重になっちゃって」

「美羽さんのこと心配してるんですよ」

「どうかな。それも無いとは言わないけど、そういうウワサが立ってるのを恥ずかしいと思ってるんじゃないかな」

 そこまで立ち入った話になると、俺にはなんとも判断がつかなかった。親のことはもちろん、この美羽さんという人のことも俺はよく知らないのだから。

「それにしても、さっきから志男くん、なんかよそよそしくない?」

「……で、ですかね」

 というか、俺には親しくする理由がないのだ。

「そりゃ随分会ってはいなかったけど……もしかして私のこと忘れてた?」

 そして向こうからそっちに話を振ってくれたので素直に謝ることにする。

「すみません。完全に忘れてました。というか今も思い出せないんです」

「えー、私のこと覚えてないの? なに、このわすれもんがー!」

 何か急に美羽さんのイントネーションが変わった。さっきまでの親しげではあっても東京の言葉だったのが、どこかの方言という感じに、だ。

「え、わすれもん? なんすかそれ?」

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