第一章 書けない原稿(1)

 土地神様と一緒に頑張ると約束した俺だったが、それで急に人生が好転したかと言えば残念ながらそんなことはなかった。

 自称・土地神のヤツは祠で暮らすのかと思いきや、ちゃっかり俺の家の居候となり、完全に家猫状態である。しかも忘れられて困ってる神様や人を助けるなんて言っていたが、そんな殊勝なことは少しもしていない。

 世間がゴールデンウィークだのとお出かけする頃になっても日がな一日、縁側で陽に当たっているだけだ。本人曰く、本格的に活動するにはまだまだ力が足りないということらしいが……もしかして俺は疫病神に取り憑かれただけなのではないのか。そんなことさえ疑う日々だ。

「大変だ! 大変だよ!」

 今日も何もしないんだろうなと居間で思っていたら血相を変えて土地神のヤツがやってきた。と言っても外見は猫なのであくまで俺のイメージの話だが。

「何か事件か!?」

「いや、庭の落ち葉が燃えてるんだ!」

「マジか!」

 言われて縁側ごしに庭を見ると煙で白くなってるのが見えた。俺はそのまま駆け出すと庭に出て、水道の側にあるバケツを手に取る。

「早く! 早く!」

「わーってるよ!」

 蛇口を全開にひねって水をいっぱいにしたところで煙の発生源とおぼしきとところにぶっかける。ジュッと音がして、それで消えたらしいことがわかる。

「なかなか迅速なもんだね」

「昔、ちょっと消防団に入ってた時期があってな。にしても、こんな季節に一体なんでボヤ騒ぎに……」

 冬場なら空気が乾燥してるし、落ち葉もカラカラになっていたりして火事になるなんてこともあるが、まだそんな季節ではない。

「なんにせよ、早期発見出来て助かったぜ」

 未然に防げたのでよしとしようと思ったところで土地神のヤツが不穏なことを。

「いや、感謝には及ばないよ。僕が原因みたいなものだからね」

「は?」

「力が戻ってきた感じがしたから、ちょっと試してみたんだ。そしたら葉っぱが燃え始めてしまってね」

「それはみたいじゃなくて、完全にお前が原因だよな?」

「そうだね。敢えて言い訳させてもらうと、わざとしたことではないんだよ」

「ま―――ったく言い訳になってねえだろ、それは!」

 俺が怒って睨むと猫みたいな姿の土地神はまるで正座でもしてるような背筋を伸ばした姿勢になった。

「すまなかったよ。心から悪いと思っている」

 そして深々と頭を下げた。

「……まあ、すぐに知らせたから今回は許してやるけどよ」

「それはありがたいね」

「それと、もう一つだけ言わせてもらえるか?」

「な、なんだい?」

「無駄遣いすんなよ!」

「い、いいじゃないか。僕の力だよ? それともなにかい? 君は僕のオカンってやつなのかい? 僕のお小遣いの使い方にいちいち文句を言うようなことをするのかい?」

「その力って言うのも、元々は俺が祠を掃除して使えるようになった力だよな?」

「……そうだったね」

「だったら、今後は俺の指示以外で使うなよ! いいな!」

「ふむ、そう言われてしまうと……ちょっと納得するしかないのかな。わかった、今後は君の指示に従おう」

「……本当にそうしてくれると助かるんだがな」

 しかし実際には興味本位でまた使ってトラブルを起こすんだろうことが俺には容易に想像出来た。

 いや、悪いヤツではないんだよ。基本的にいいヤツだとすら思うよ。でも、やっぱり神と人間だと常識が違うって言うか、なんかズレてんだよなあ。

「そういえば、お前、どんなことが出来んだよ」

「神力、現代の言葉で言うとエネルギーが足りないけど、意外と色々出来るよ」

「へえ、例えば?」

「気配を消すことが出来る」

「……意味ないよな、それ。消すまでもなく、俺にしか見えてないんだよな」

「言われてみるとそうだね」

「他は?」

「他心通。現代の言葉で言うとテレパシーってヤツかな。これは声を出すわけじゃないので話したい相手とだけ話せるし、盗み聞きされる心配もない」

「だから……お前の声って俺にしか聞こえてないんだよな?」

「……言われてみるとそうだね」

「もう少しマシなのはないのかよ」

「いや、いや、今は存在感が薄いから無意味に感じるかもしれないけど、これだけでも中々のもんだよ?」

「その辺のプライドを保ちたい気持ちは置いておいて」

「うーん、じゃあ落雷とかどうだい。まさにさっき使ったばかりの力だけどね」

「おお、それはいかにも神の力って感じがするな」

 しかも海外の神話なら主神クラスのすげえヤツだ。

「まあ、消耗が激しいからそんなに凄いのは落とせないけどね」

「だろうな」

 俺が素直な感想を述べたら、さすがに土地神のヤツもムッとしたようだ。

「力が十分にたまったらこの家だって吹き飛ばせるよ」

「でも今はそんなには強くならないんだろ?」

「そうだねえ。バチッと火花を飛ばすくらいだね」

「火打ち石じゃねえんだから……」

「で、でも、ちょっと凄いところもあるよ」

 土地神のヤツが右手を高くかざした。

「落ちろ雷!」

 しかし空にはなんの変化もない。おどろおどろしい雲が集まってきて、ゴロゴロと雷鳴が轟くなんてこともない。

「痛えぇえええ!?」

 だが雷は落ちていたようだ。俺は尻たぶに痛みが走るのを感じた。

「というわけだよ」

 エッヘンと言わんばかりに土地神のヤツがふんぞり返る。

「何が? というか勝手に使うなって言っただろうがよ!」

「それは謝ろう。でも言葉で説明するより実践した方がいいかと思ってね」

「で、何を実践したんだよ、これは」

「この落雷は落としたいところにキッチリ落とせるんだ。現代の言葉で言うとピンポイントってヤツだね」

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