プロローグ 忘れていた故郷(4)

「褒めて伸ばすのが基本だな。土地神様は知らないかもしれないけど、今の若者はゆとり世代って言われてて、少し怒るともうどこかにいっちまうんだ」

「そうなのかい……大変な時代になってしまったんだね……」

 神様は暗く沈んでるように見えた。俺の言葉がかなりショックだったようだ。

「それに俺も住民を殺そうなんて神様のことは尊敬できないし、そういうことなら掃除の件もお断りだ」

「そ、それは困るよ、君ぃ……君が尊敬してくれなかったら僕は消えてしまう……」

 本当に困るらしくか細い声で嘆くと、がっくりと肩を落とす。なで肩の猫のくせに。

「それとも僕は復活なんてしなければよかったんだろうか……」

「なんだって?」

 神様の消えそうな嘆きは俺にはよく聞こえなかった。

「すっかり時代遅れのようだし、そもそも忘れられてたってことは僕は必要とされてなかったということじゃないか。そんな中、敬意を払ってくれた君が僕のやりたいことに真っ向から反対してくるんだ。生きてる意味がないじゃないか」

 猫のくせに意外と深刻なことで悩み始めやがった。存在も薄いせいか、心も弱いらしい。神様にもゆとり世代とかいるんだろうかと余計なことまで思い始める。

「その、なんだ……お前は人を殺したいのか?」

 なのでなるべくショックを与えない方向でアプローチすることにする。

「それこそまさかだよ! 復讐してやりたい気持ちはあるけど殺すのが目的と思われるのは心外だよ!」

 しかし猛烈な抵抗を受けた。まあいい傾向だが。

「じゃあ嫌われるだけだから復讐とかやめろ」

「なるほど復讐は嫌われるんだね。事前に聞けて良かったよ。昔は怖れを稼ぐ一番簡単な方法と思われてたそうなんだが……嫌われたいわけじゃない。復讐はやめにしよう」

「……あっさり撤回したな」

「冷静になったら別に僕はそんなに復讐したくなかった。僕じゃなく、誰かの別の意思がそう命じてたみたいだ」

「なんだそりゃ? 大丈夫かお前。電波でも飛んでるのか、この辺?」

 ちょっと心配になってその辺の空気をかき混ぜるような仕草をしてみたが、電波やらがそれで散ることもなさそうだ。

「で、復讐を止めた僕は何をすればいいんだい?」

 そんな存在意義を人に聞かれても困るが、何かそれっぽいことを俺は答える。

「今風の恰好良くていい神を目指せばいいだろ」

「今風のね。それは人に好かれるのかい?」

「好かれるさ」

「よし、じゃあ、それでいこう! 今風の恰好いい神様か……」

 そして猫の姿をした神様はまた腕を組んで考え事を始めた。

「一つやりたいことがあるんだけど、これは人に好かれるかな?」

「なんだよ?」

「僕は忘れられて、とても辛かった」

「やっぱり復讐かよ!?」

「そうじゃないんだ。今の時代、そうやって忘れられて辛い神様や人がけっこういるんじゃないかなと思ってね」

「まあ、そうだなあ。神様のことはよくわからねえが、孤独な人間は多そうだな」

「そういう神や人を助けられるような神になれないだろうかと思ってね」

「いいんじゃねえか。それは人に好かれるよ」

「さすが僕だね。いい考えだったみたいだ」

 神様はふふんと鼻をならす。俺は良かったなと思ってこの辺で去ろうとしたのだけど、残念ながら逃げるタイミングをとっくに逸してしまってたようだ。

「というわけだから、君はそれに協力してくれたまえ」

「お、俺もやるのか?」

「現状、僕のことは君にしか見えないようだし、今の時代のことも教えてもらわないとだからね」

「いやいや、俺、仕事もあるし」

「仕事? 宮大工かい? ここの修繕が終わったので別の土地に行くとか?」

「いや、作家。小説を書くのが俺の仕事だ」

「作家か。しかし僕の想像では、君はそれが捗らなくて困ってる。そうだろ?」

「ぐっ……どうしてそれが……」

 思っていた以上に察しのいいヤツだった。さすがは神様というところか。

「なぜなら! 捗ってるなら僕の祠をこんなに丁寧に直すはずがない!」

 神様はそう指摘しながら俺をその伸ばした爪で指す。

「鋭いじゃねえか……」

 痛いところを突かれた。それは認めるしかない。

「君の書く小説がどういうものかまでは知らないが僕との出会いは君の可能性を広げる切っ掛けになるかもしれない」

「それは、そうかもな」

 さっきから得がたい経験をしてるという実感はある。まあ、このまま書いても「なんで猫が偉そうにしゃべってんだよ!」と読者に突っ込まれそうだが。

「僕を手伝ってくれたなら、君が普通に暮らしてるだけじゃ見えない世界ってのを見せてあげるよ。それはきっと君の作品というヤツの役に立つはずだよ。こういうの現代ではなんて言うんだい?」

「WIN-WINかな」

「じゃあ僕らの関係は今後もその、ういんういんってヤツになるよ。どうだい?」

 正直に言えば俺はその言葉を真に受けたわけじゃなかった。

 でも、なぜだか俺はこの威厳のいの字もない土地神様ってヤツに少し付き合ってやろうって気分だったのだ。もっと簡単に言えば、コイツと話してるとなんか楽しいなんて思っちまったのさ。

「じゃあ、よろしく頼むぜ」

 俺は自然と人間を相手にしてる時みたいに握手を求めていた。途中で何してんだと気付いたが、意外にも神様はそこに自分の肉球を触れてきた。

「こちらこそ、よろしく頼むよ」

 こうして俺たちはお互いを助ける約束ってのをしたわけだ。それがどういうことになるのかなんてわかるはずもないし、俺は正直、気にもしてなかったし、もちろん心配なんて何もしてなかった。

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