プロローグ 忘れていた故郷(3)

「なんだい、神の前で名乗れないというのかい?」

「そ、そういうお前はどうなんだよ?」

「うーん、そうだねえ。土地神だからとっちーとでも呼んでくれたまえ」

「さっぱり威厳ないな、オイ!」

「それはいいけど、僕が名乗ったんだ、君も名乗りたまえよ」

「鈴木……鈴木むね……」

 あまりに名乗りたくないのでその声も小さくなる。

「何だって?」

 しかしそのせいで何度も言う羽目になる。

「鈴木志男だよ! スズキムネオ!」

 俺は自棄になって大きな声を上げた。

「……そんなに大きな声を上げなくても聞こえるよ。なんなんだい、君は」

「とにかく俺は自分の名前が嫌いなんだよ」

「そうなのかい? 人間の名前の善し悪しなんてわからないけど、さぞ酷い名前ってことなんだろうね」

「で、俺の名前がなんなんだよ!」

「そうそう、鈴木って言ったね。それで得心がいったよ」

「ほう」

「君は代々、僕に仕えてきた一族の人間みたいだ」

「お前に? 俺の一族が?」

 しゃべってるから何か不思議な感じはするが、改めて観ると、まあ猫だ。それになんか口調もいい意味で言うと今風だけど、悪く言えば軽くて威厳のいの字もない。そんなヤツに代々仕えてきたとか言われてもな。

「なんだい、その目は疑っているのかい?」

「まあ、かなり」

「実際、こうして話せてるのが何よりの証拠じゃないのかい?」

「そうなのかなあ……」

「まあ、確かに僕があまり神っぽくないというのは認めよう」

「認めちゃうのかよっ!?」

「土地神というのは怖れ敬われてこそ存在できるものなのさ。修繕してくれた君に説明するのもバカバカしいが、僕はずっと忘れられていたからね。そういう意味ではかなり神っぽさが希薄になってるというわけさ」

「忘れられた神ってわけか」

 そう言われるとちょっと他人とは思えなかった。もともと祠を修繕しようと思ったのもそれを感じてのことだったのかもしれない。

「君が僕に敬意を払って、この祠を修繕し、周りを掃除して綺麗にしてくれたから、僕は今、こうして存在できてるってわけさ」

「俺の敬意の分だけの薄っぺらい存在ってことか。神様ってのも大変なんだな」

 俺がそう言って少し神として認めたせいか、コイツは猫の姿のくせにあぐらをかき、腕を組み始めた。やはりただの猫ではないらしい。

「そう大変なのさ。だから君、これからもこの祠を綺麗にしてくれないか?」

 そして図々しくもあぐらをかいた猫様はそんなことを俺に言い出した。

「まあ、暇な時に掃除するくらいなら」

 意外と楽しかったし引き受けたのだが。

「よし。そういうことなら君は祟らないであげよう」

 その外見に似合わず物騒なことをいきなり言い始めた。

「は? 祟る? お前、俺の返答次第では祟るつもりで会話してたのか?」

 まさかそんなと思って尋ねたわけだが。

「いやいや、君は新参者らしいし、祟るか祟らないかでいうと六対四くらいだったよ」

「けっこう祟る割合多くねえか!?」

 突っ込まずにはいられない返答だった。

「というか、祟るってなんとなくはわかるけど、どういうことになるんだ」

「まあ、その強さにもよるけど身に覚えのないくらいに不幸に見舞われたり、熱が出て寝込んだり、場合によっては死ぬこともある」

「死ぬまであるのかよ!?」

「だって君、この土地の連中は許せないじゃないか。僕のことを忘れてぞんざいに扱ってくれたお礼ってヤツはしないといけない。そうは思わないか?」

「俺は別に思わないな。というか神様ってのは人の上に立つ存在だよな」

「無論だよ」

 神様がふふんと鼻を鳴らす。

「最近は下のヤツを厳しく罰するのは流行らないんだよ」

「流行らない? じゃあどうしてるんだい?」

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