第8話 VRゲーム・ヒーローコンバット

村上さんが首輪…もといチョーカーをつけている。

いや、まあそれは良いんだが大きな問題がある。

「ベルトのどの端子につけて良いか判らなくて…お願い」

と俺にコードの片方を渡してくる。

図解説明をしていたんだが、どうも向きが変わったため判らなくなったらしい。

場所としては、ベルトの正面にコネクタの突起があり側面から取り付ける。

着用して慣れてくれば取り付けやすい位置にあるんだが…

俺が付けるとなると非常に問題のある箇所ではないだろうか。

しかし、この状況なんか不味くないか?

絵面的に…と思いつつコードを受け取る。

「おーい早苗ぇ、コイツど…」

その時、無断で扉が開かれ村上のおじさんが顔を出す。

「…」

「…」

固まる俺とおじさん。

「?」

何してるの?と状況を何とも思っていない村上さん。

手にはコード、その先は村上さんのチョーカーに繋がっている。

うん、コレ確実に殴られるな。

誰だって殴る。俺だって殴る。

殴られてから話をしようかな?

話し聞いてくれるといいなぁ…

「おい、てめ」

多分、怒鳴り声を上げようとしたんだと思うが、それより早く村上さんが動いた。

「ちょっと、お父さん!!入るんならノックしてっていっつも言ってるでしょ」

やはり、雷親父も娘には弱いらしく怒気は一瞬で引っ込んだ。

「いや、だから…すまん取り込み中だと思わなかったんだよ、だから、おい」

そうして、村上さんに追い出されていった。 

「えーと、コードに端子つけちまおうか」

「うん」

多分、今日一番、緊張を要する仕事をしたと思う。


                             

食事が終わり、新しく買ってきたピンクのパソコンの設定も終了した。

新たなデータの整理も終わったところで村上さんがヒーローコンバットやってみたいと言ったのだ。

この為、各種作業に引き続きVRヘッドセットのセットアップを行った。

現在は、自室のベッドに座ってチュートリアルをしているところだろう。

俺も、この間に自分のノートパソコンを持ち込みヘッドセットを準備する。

スマートウォッチを操作し接続先をスマホからPCに切り替える。

パソコン側の反応を確認した後、今度は机の上にあるベルトとチョーカーを身につける。

チョーカーにあるケーブルをベルトに接続しベルトから信号と電源が供給されていることを確認する。

VOE(Virtual Organ Extensions system)システム。

脊髄からの信号を検知し手足の動きをより早くPCに伝えゲームの操作を迅速かつ正確に行えるモノだ。

スマートウォッチの筋電位測定を更に進めたモノだそうだが、実はもう一つ機能がある。

人間には無い器官の操作を訓練次第で行えると言うものだ。

どんなにVRゲームが発展しても人間は背中に生えた翼を使って自由には空を飛べない。

もちろん両腕を羽の変わりにすることは出来るが、そうすると両手に剣と盾は持てない。

コレは人間に腕が二本しかないため、両腕が塞がると羽を操作できなくなるのだ。

だから、このチョーカーとベルトは、人間の脳に新たな器官つまり羽とか尻尾とかジェットエンジンが付いていると誤認させ、操作を可能にするのだ。

2010年代には、試作品レベルのモノが出来ていたらしい。

最後にVRヘッドセットを装着し、チョーカーにケーブルを取り付けることでワイヤレスでPCと接続された。


VRヘッドセット越しに目の前には幾つかのウインドウが浮かんでいる。

そのウチの一つを呼び寄せて、ソフトウェアを実行する。

パスワード入力や認証画面が出てくるがスマートウォッチを介して生体認証を行い、即座にゲーム画面が起動する。

すると目の前に大きな倉庫の前にある道路が現れる。

一般にロビーとされている場所なんだが…倉庫の中にはF-22戦闘機が顔を覗かせているしフォークリフトが近くを走っている。

どう考えても何人も人が集まる場所ではないな。

まあ、ゲームの雰囲気が出るから良いんだけどな。

今から始めるゲームはヒーローコンバットというVRFPSでありMMOゲームでもある。

内容は、戦闘機や爆撃機に乗りミッションをこなしたり、対戦したりするゲームだ。

世界中で人気があり、すでにEスポーツとしての認知度も高い。

何でも戦闘機に乗ったことのあるプレイヤーが操作感が極めてリアルだと言うほど出来が良いらしいし。

ポイントを溜めるか買うかすると様々な機体を購入して操縦が出来る。

しかし、無人戦闘機に『乗れる』という笑える仕様もある。

まあ、ゲームの中だから有人も無人もあったモノではないけどな。

但し、現実では、有人機よりも小型で機動力の高い無人機の方が強いと言うが一般常識だ。

なんせ、有人機では不可能な高機動が取れるのだ。

ミサイルの旋回半径よりも小さく旋回して回避するとか機銃を避けるなど友人機では無理だ。

中の乗員が加速度変化に耐えられない。

コレがどれほどの違いになるかというと。

第三次半島戦争の時に、旧中夏軍の最新鋭ステルス戦闘機三十六機の飛行戦隊がたった一機の米軍無人戦闘機に全機撃墜されると言う事件が有名だろう。

もっとも、旧中夏軍は九機の無人機と交戦し隊長機を含む三機を撃墜したとは言っているが。

まあ、圧倒的であったことに違いはない。

それだけ、有人機と無人機には差がある。

もっとも、このゲームの中じゃ大して強くはないけどな。

なにせ、どっちも人は乗ってない。

「ヘイ、トライバード大佐じゃないか」

金髪碧眼端正な顔立ちの男が俺に機械音声で声をかけてくる。

「アーチリング少佐か、こんばんは」

挨拶を交わす。

因みにトライバードとは、俺のハンドルネームだ。

アバターの直上には階級と国籍を示すアイコンが浮かんでいる。

それによるとアーチリング少佐は、米国のプレイヤーだ。

スマートフォンやVR空間でも音声の機械翻訳は、既に普及して久しい。

最初は、専用の端末を必要としたが、今じゃ標準装備だ。

勿論、ゲームでも他国の人と会話をするのに相手の国の言語を理解する必要性がない。

従って、普通に米国人のプレイヤーと会話出来ている。

「こんばんは。国の友達がみんなラスベガスの試合を見に行っていてメンバーの集まりが悪いネ。ユー私たちと勝負どうネ?」

だが、何故かこいつは怪しい日本語を使う。

翻訳ソフトに問題があるのだろうか?

尚、今の発言の内要はPVPによる団体戦をやろうと言うお誘いだ。

しかも、指で輪っかを作っていることから金賭けた対戦だ。

レートは1回10~1000円でカジノ法案成立後、可能になった。

まあ、対戦サーバが舞洲にあるからなんだが。

「スマン、誘ってくれて嬉しいんだが、今は人を待っているんだ」

「ワオ、もしかして新人サン?」

大袈裟に手を広げて驚いてみせる。

今時、こんな米国人はドラマにも登場しないぞ。

「そう言うことだ。今日は簡単なミッションをやるつもりだよ」

「オーケー、ミーも手伝うネ!ヒマだから」

ヒマならログオフして寝ろよ。

そう言うバカな会話をしていると

誰かが広場にログインしてくる。

多分村上さんだろう。


村上さんのアバターは、俺と同じく自分をモデルにしたモノだった。

ピンク色のパイロットスーツに黒髪が映える。

うん、何着ても可愛いなぁ。

と見とれていると、アーチリングはスタスタと歩き出して。

「おおっ、これはこれは美しいお嬢さん!我がヒーローコンバットにようこそ。今宵は私めと大空の散歩などいかがでしょう?」

と言いながら、村上さんの手を取り甲にキス…

俺は、ほぼ反射的に全力疾走をしていた。

恐らく、奥歯に倍速装置のスイッチでも有るのならば、四倍速八倍速で走っていただろう程の勢いでだ。

一瞬でアーチリングとの距離を詰めると、跳んだ!

疾走の勢いと、全体重を乗せた渾身のドロップキックをアーチリングにお見舞いする。

「一人で月まで跳んでいけエセ外人!」

仏の顔も三度までと言う。

しかし、お前は一度でも生ぬるい!

アーチリングは物理法則を無視したかのように上空まで飛んでいき…有るはずのない天井に当たって落ちた。

そして、起きあがると凄まじいスピードで走って来たかと思うと左手を広げウエスタンラリアットを俺に咬ます。

視界が高速回転した。

恐らく毎分120回転で縦回転してるよ俺。

そして、次の瞬間地面に落ちた。

「何するネ!トライバード!」

「それはコッチの台詞だアーチリング!」

そして始まる取っ組み合い。

俺は好機を掴んでアーチリングにコブラツイストを掛けることに成功した。

「ちょっと、二人とも喧嘩しないで!」

VRゲームで最初に見たのが、あり得ないプロレス技の応酬だったせいか、お冠だ。

「お嬢さん、コレは喧嘩ではなくてエモートって機能ヨ?僕たちとっても仲良しネ!」

「そうそう、こういう機能で遊んでるだけで…なぁ?」

とにかく、ここは言い訳に徹する。

「二人とも、其処に正座」

ピッと近くの地面に指を指す村上さん。

「いや、だからエモートと言う機能が…」

恐怖からアーチリングを締め上げるコブラツイストに力が入る。

「正座」

再度、地面を指差す村上さん。

「はい」

「Yes Maam」

その迫力に大人しく従う日本人と米国人。

尚、この時点でのプレイヤーS・ムラカミさんの階級は、准尉さんである。


尚、S・ムラカミ准尉によるトライバード大佐とアーチリング少佐への、叱責は15分に及んだ。

ゲーム内時間では半日以上、明け方まで正座であった。



「それでは、S・ムラカミ准尉。これよりミッションを行う」

ロビーと呼ばれる、大きな道路の真ん中でムラカミ准尉の前に立つ。

一応、階級では俺の方が相当上ではあるんだが、あくまでコレまでの戦績によってこのような階級に就いてるだけだ。

本物の軍隊ではない、単純にレベルがカンストして大佐になっていると言うだけだ。

流石に准将とか元帥が戦闘機に乗って出撃とか有り得ないだろう。

何かの映画じゃ大統領が戦闘機乗ってたが。

「はい!」

ムラカミ准尉さんは、気をつけして、話を聴いている。

乗ってくれたようだが…そこは敬礼して欲しかった。

「ミッションウィンドウを開いてくれ」

そう言うと手元にあるウィンドウを操作し、別の大きなウィンドウを出す。

俺もそれに習い同じウィンドウを出す。

因みに、既にムラカミ准尉と分隊を構成している。

まあ、パーティの事だな。

戦闘機の部隊構成は、二機で隊を組んだ分隊(ユニット)を最小単位として、二個分隊で小隊となる。

更に三個小隊十二機で中隊となる。

これが更に三個中隊三十六機で飛行戦隊となる。

このゲームでもたまに飛行戦隊同士のPVPが有るが、アレのリーダーは大変だ。

「今回のミッションは、”建設中の敵航空基地の破壊”で行こうと思う」

本当は、もっと初心者に向いたミッションとして『暴徒鎮圧』と言う物がある。

だが、どうも好きになれない。

実在の事件を基にしているようだが、ロケット弾を持っているとは言え、そう簡単に当たることも無く、火力についてもミサイルやロケット弾でなくとも、機銃で事足りる。

相手は、単なる市民だってことだ。

まあ、プレイヤーが傭兵で正義とかと無関係だと言うことが解りやすいミッションではあるのだが。

「NPCの支援機も出て来るんだが、初期機体のF4ファントムじゃキツイ任務になる」

そこで挑戦するのが、『建設中の敵航空基地の破壊』任務となるのだが…この任務、攻撃機か爆撃機で出撃しないと時間が非常にかかる。

建設中というだけあって、敵の対空砲火もまばらで制空優勢を維持する事は容易だ。

しかし、NPCの爆撃機が下手糞で中々目標に当ててくれない。

その間に、別の基地からやってくる敵の増援に苦戦する事になる。

さっさと爆撃してさっさと帰る。

これが基本戦術だ。

特に初心者を連れてくる来るならば敵基地の爆撃をしてもらい、MVPを取って報酬を沢山取って行かせられる。

一石二鳥だ。

但し、ムラカミ准尉は初期機体の対空戦闘機F-4ファントムしか持っていない。

飛行機なら専門だが、相手が基地施設となると攻撃手段が無い。

従って…爆撃の可能な機体をプレゼントするしかない。

そう、仕方が無い。

「よって、今ミッションで使う機体を支給する」

ムラカミ准尉には、ちょっと早いかもしれないがマルチロール機をプレゼントするつもりだ。

「え?この子、使えないんですか?」

そう言ってムラカミ准尉は、自分の手持ち機体のデータを渡してくる。

・・・ピンクだ。

もう、なんか星マークとか付いてるけど全体的にピンクだ。

痛機体?

いや、多分本人の趣味だ。

気合入れたんだなぁ…

俺なら、迷彩にするかどうかくらいしか気にしてないんだが。

「陸上施設への有効な攻撃手段が必要なんだ、だからコイツを使って欲しい」

そう言ってムラカミ准尉に機体データを渡す。

FA‐18Dホーネットだ。

出撃時に改装は必要だが空中戦も対地攻撃もこなせる、マルチロール機だ。

何でも其れなりにこなせて、価格や整備費用も安く上がる良い機体だと思う。

プレイヤーからの評価も上々だ。

本当を言うと更に改修されたスーパーホーネットでも良かったんだが、初心者に高額機を与えると、最初は良いが、その後撃墜されたりしたとき、自分でリカバリ出来なくなる。

資金難で修理出来ない最新鋭のスクラップが狭い倉庫で場所だけ取ってるなんて悲しすぎる。

「ありがとう、大事に使うね?」

しっかり御礼を言われた。

俺からすると、正直どうと言う事のないモノだ。

だって、俺のお古だし、タンデム出来るし、安い機体だし、タンデム出来るし、使い勝手良いし、タンデム出来るし。

「それで、まずは乗り方とかコツを教える為に」

ワレながら、色々垂れ流している気がするが・・・やはり、実地訓練は必要だと思うんだ。



「ちょと待つネ!!姫プレイにFA-18Dなんて有り得ないネ!!」

横で聞いていたアーチリング少佐がネトゲ特有のシャウト機能を使い…戦闘中ではない全ユーザーに向けて叫んだ!!



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