第5話 パソコン買うなら日本橋へ!

「この際、パソコン新調しようと思うの」

 村上さんの言葉と共にスマートフォンがビクリと怯えるように震えた。

 メイと話し合った後、村上さんの部屋へと戻り、早速パソコンの修復を行った。

 もっともノートパソコンのバイオス画面を立ち上げた後、設定を反映せずに立ち上げただけだ。

 問題なくノートパソコンの修復(?)は完了したのだが…

「やっぱり、かなり古いパソコンだし今回の件だって、ソレが原因だと思う」

 まあ、そうなるか。

 古いパソコンの安定性に不安を感じた以上、重要なデータを置いておけないと考えるよな。

 仮に今、スマートフォンから観察しているであろうメイを突き出して、犯人はこいつですって言っても信じてもらえないだろうしな。

 第一、村上さんにヘンな目で見られるなど俺が耐えられない。

「いや、ウィルス駆除したから問題ないと思うんだが?」

 一応、フォローしてみる。

 ソレと同時にスマートフォンも震える、『そうだそうだ』と言ってるようだ。

「三鳥君?電話鳴ってるみたいだけど?」

 俺のスマートフォンの振動に気づいた村上さんが指摘する。

「ん?ああ、メールだろう。緊急なら電話が掛かってくるだろうし後で読むさ」

 そう言って誤魔化す。

 メイよ、あんまり目立つ事しないでくれよ。

「そうなんだ…それでね?三鳥君って今日は時間有る?」

 え?まさか?

「まあ、一日ヒマだけど…」

 実際、昼飯食ったらゲームして昼寝することしか考えてなかったよ。

「だったら、パソコン買いにに行くの付いてきて!」

 手を合わせてお願いされた。

 ヤーかイエス以外に選択肢など無い。

「良いぜ!俺もちょっ暇つぶしに出かけようと思っていたところだから!」

 でかした、メイ!!

 俺の見込んだ通り、お前は優秀な知的生命体(仮)だったんだな!!

 スマートフォンが抗議するかのように激しく振動し始める。

「三鳥君、あのやっぱり電話が…」

 再度、村上さんが言ってくる。

「ん?ああ、悪い…」

 そう言って一時村上さんの部屋を出て廊下に出る。

 スマートフォンを取り出すと、勝手に電源が入り画面にメイが現れた。

『コウイチ!君は彼女に余計な出費をさせないために説得するんじゃなかったのか!?』

 ギャアギャアとメイが抗議する。

「だって、あのパソコンのOSも今年でサポート終了するし、な?」

『な?ではない!キミさっきまで私の失態のフォローに協力してくれるって話だったじゃないか!』

 手をバタバタさせはじめた。

「状況って刻一刻と変わるものなんだよ」

 そうだよ、自称知的生命体のお願いより重大な出来事が起きたのだから、仕方がないんだ。

『10分も掛からずに手のひらを返すとは、幾らなんでも酷いと思わないか!?』

 甘いな、君は人間と言う物を理解していない。

 そして俺は、初めから村上さんの側に立っている。

 それを見抜けなかったキミが悪いのだよ。

『大体、ムラカミ嬢とはキミにとって何なのだ?上位者か?上位者なのか?』

 上位者ねぇ…割とそうかもしれない。

 もっとも、俺が上位者にしたいってだけだが。

『ん?そう言えば君達人類は、繁殖の為に男女の…』

「細けぇことは良いんだよ」

 話がマズい方向に行きそうだったので、それだけ言って通話状態を切る。

 尚も、スマートフォンが振動して抗議をしてくるので

「あんまりソレやってると電池が切れるぞ?」

 そう言ったら静かになった。


 まあ、実際買い換え時だったからな。

 これが、よい機会だったんだろう。

「話の途中でゴメン」

 と言いながら村上さんの部屋に入る。

「大丈夫だよ、それで急用なの?」

 騒ぐ奴がいただけで、大した話じゃない。

「大した事じゃ無かったよ、解決済みだ」

 重要な案件の前には自称知的生命体(優秀)の都合は却下された。

 ただそれだけのことなんだ。

「あのね、実は三鳥君がやってるゲームってあるじゃない?」

 何だかホッとした様子で村上さんが遠慮がちに言う。

「ヒーローコンバットのことか?」

 ヒーローコンバットとは、世界中で大ヒットをしているVMMOFPSでプレイヤーは、無人機を含む様々な戦闘機に『乗って』ミッションをこなしたり、対戦をするVRゲームだ。

 元戦闘機乗りの退役軍人が極めてリアルな操作感であると太鼓判を押すほど出来がよいと言われ、戦場となるマップにしても各地で紛争が起きれば一月後には新マップ、新ミッションとして追加されるなど運営側の気合いも凄いモノがある。

 そして何より、すでにEスポーツとして成り立っており戦績が優秀であれば、お金が稼げる。

 また、カジノでの賭試合にも条件が揃えばネットから出場できてファイトマネーが稼げるときた。

 もっとも、日本の咲洲にあるカジノじゃ額が知れているけども。

 噂では、アメリカのラスベガスだとルーキーとされるプレイヤーでさえ200万円くらいは貰えるのだそうな。

 但し、向こうのプレイヤーはレベルが高いことで有名だが。

「前から、ちゃんとしたVRゲームってやってみたかったんだけど…教えてくれそうな人がいなくて」

 なるほど、それでこの際VRセット込みで買ってセットアップとゲームの指導も手取り足取りお願いしたいと。

 なんだ、そのご褒美。

 そして、ブーイングの如く二回ほどスマートフォンが唸る。

「それでね?それで出来れば安いのが良いなぁって」

 ちょっと恥ずかしそうに村上さんが言う。

 経済観念のしっかりした(ケチではない)村上さんとしては、そうしたいんだろう。

 俺の親父みたいに熱と轟音を発しながら統合されてないCPUとGPUを搭載し当時の最高技術をつぎ込んだ“最強に強まった俺の愛機ライトニング13世“と言う最強の旧式機とは違う。

 正直、金掛かってるだけでミドルレンジくらいの性能しかないんだよなアレ。

 ウチで埃かぶってるけれど。

「そうすると、量販店より日本橋だな」

 一時は、人気が無くなりかけていた日本橋の電気街だったが家電やPC関連製品の国産離れに伴い逆に息を吹き返した形になっていた。

 元々、半分趣味の海外の怪しい製品を取り扱う店が多かったこともあり、海外から格段に便利になった新規格のWIFI機器、AI家電やxR(VR、AR、MR)システム機器がまず最初に上陸した場所であった。

 この為、何でも独自、複雑超高性能、顧客囲い込みを狙った国産メーカー品中心であった量販店は、低迷に喘ぐことになった。

 やっと体制を整えようとした頃にはARグラスを用いたシステムは携帯キャリアに取られ、AI家電やVRの最新機器は既にコネのある電気街に最初に流れるようになっていた。

 無論ネットによる個人輸入が楽になった事も背景にある。

 以前のようにメーカーに強引に安値で卸させたり、販売協力としてスタッフを派遣させようとしても海外メーカーには取り合って貰えず、そのため仕入れ自体が困難になったりした。

 今じゃ、現行品をそれなりで売る単なる電気店になり、海外の量販店に買収され始めている。

 もっとも、日本橋は家電やコンピュータだけでなく様々なモノが入り乱れる賑やかなところになってるけどな。

「そんじゃ俺、家に帰って準備してくる」

 そう言って立ち上がる。

「じゃぁ私も着替えたら、三鳥君ちに迎えに行くからそれまで待っててね」

 もちろん良いとも!!

 スマートフォンも賛成するように少し長めに震えていた。


「良いお天気だね~。これだったら路面電車にしましょうか?」

 商店街を歩くと村上さんが、そう提案する。

 無論、賛成である。

 春のはじめの気候に花柄の白いワンピースにピンクのカーディガンとトートバッグと言う出で立ちの村上さん。

 うむ、完璧である。

 ファッションに疎い俺にとって何が完璧なのか判らないが、完璧である。

「そうだな、今からなら丁度の時間に駅に着くんじゃないか?」

 時計を見ながら予想する。

「ほんと?じゃあそうしましょう」

 にっこりと微笑む。

 天国とは今、この時を言うのであろう。

 そして、なんか鼻歌でも歌うかのように小刻みに振動するスマートフォン。

「電池」

 そう言うと、治まった。

「え?なに?」

「ああ、いや何でもない」

 他愛も無いやり取りと稀に”電池”と呟きながら春の陽気の中を歩く。

 商店街を抜けると安倍王子神社が見えてくる。

 近くには安倍清明神社もあるが、近道として王子神社の境内を抜ける。

「ついでに、お参りしようぜ?」

 そう村上さんに提案する。

「近道せてもらうだけじゃ悪いから、そうしましょう」

 そういって、看板に書かれている作法に則って、お賽銭を入れ二礼二拍手一礼してお参りをする。

 別に願掛けをしようというわけではない。

 単純に通らせてもらいますよと、お礼を言う

 まあ、通行料みたいなもんだな。

 安いけど。

 再び歩き出し、他愛も無い話をする。

 どんなにテクノロジーが進歩しても、こういう事は 変わらないんだろうな。

 そうやって、歩いて程なく駅に着いた。


 駅に着くとそのままホームへ進む。

 券売機も駅員もいない。

 料金は一律後払い、バスと同じなんだが全てスーマートウオッチやスマートフォンをセンサーに当てて通過するだけなので他の交通機関と殆ど差は無い。

 程なくして電車がやってくるので乗り込む。

 土曜日の昼近くだからか、あまり人は乗っていない。

 空いている席に村上さんと並んで座る…下の名前で呼びたい。

「あ、桜が咲き始めてるね?」

 村上さんが自分のARグラスを取り出しながら窓を指して言う。

 民家の庭に植えてある桜の一本が花を咲かせていた。

 と同時にスマートフォンが振動する。

 見たいらしい。

「急に暖かくなってきたからな」

 そういって俺もARグラスを装着する。

 多分、メイならARグラスについてるカメラを利用して、外の景色を見てるだろう。

 って既に視界の片隅でメイが異様にキラキラとした目つきで、景色を見ているのがわかる。

 子供みたいだな。

 良く考えたら、人間について調べたり見たりはしていたんだろうが、人間社会を見るのは初めてなんじゃないか?

「えっと、それじゃお願い」

 ARグラスを着けた村上さんは、そう言うと俺の方に何かを押すような仕草をする。

 すると、目の前にウィンドウが現れる。

『村上早苗様より、会議参加のお誘いが来ております』

 ウィンドウには、そう書かれており参加、不参加の選択肢が出ている。

 むろん参加だ。

 すると、村上さんが見ているであろうARウィンドウがこちらでも視認出来るようになった。

 開いている、画面と一部データの共有をしたのだ。

「これなんか、どうかな?」

 そう言って、ウィンドウの一つを手に持ち見せてくる。

 日本橋に昔からある、量販店の一つの広告だ。

 ノートパソコンやスマートフォンとVR機器の春モデル大特価だそうだ。

 村上さんが持っているウィンドウの上下を持って広げる。

 するとウィンドウが大きく拡大され二人で見るのに適した大きさになる。

「コレか?」

 村上さんが指差す商品をタップする。

 すると、広告のテキストを読み取り商品の検索が始まる。

 即座に検索結果が現れた。

 そのうちのメーカーのページらしきモノを選んで表示する。

「どう?」

 この時代、VRヘッドセットが使えないパソコンの方が少ない。

 正直何を選んでも良いんだが…

 とは言え、条件はあるだろう。


 村上さんの場合、店の経理事務もこれで処理する。

 グーグーウォレットによる決済によって、ややこしい事務処理が自動処理されると言っても、現金による処理はどうしようもない。

 2030年になっても現金決済の方が分かり易いと言う人はいる。

 特に年配者だ。

 さらに言えば、仕入先の農家も現金決済が多いらしい。

 こちらも年配者だ。

 村上さんも一度ウォレットを使わないか聞いたそうだが、答えは『ややこしい』と言うことだそうだ。

 グーグーの方が簡単だと思わないでもないが、すでに染み付いた現金決済に関する処理の上に別の処理法方を覚えるのがややこしいと言う事らしい。

 多分、現金決済が脳内で自動処理化されているんだろう。

 話が逸れたが、事務処理をすると考えるとテンキーがあった方が良いだろう。

 大きさも、それなりに必要だ。

 示された商品から予算は判った。

 ならば…

「このスペックと値段なら実際見て回った方が良いと思うな」

 頭の中に幾つかの候補店舗が浮かぶ。

 全部、広告を出さない店だ。

 それに、旧モデルで一クラス上のものがあった筈だ。

 多分それは、あそこの最上階に…

「そっか、それじゃ案内よろしくね?」

 そう微笑みながら再度お願いされた。

「まかせろ」

 ドンと胸を叩く。

 ガキの時から親父に付いて廻った街だ。それなりに詳しいぜ!


 マップを出して、どういう風に店を巡るか村上さんと検討しようとすると、メイのヤツが窓から見える巨大なビルを指し示していた。

『おい、アレなんだ?』

 と言っているようである。

「ハレルヤか…」

 某電鉄会社が作った300メートルあると言う巨大な自社ビルだ。

 安倍野のランドマークってヤツだ。

 できた当初は、名前に問題があるとか、あてにしていたテナントが入らなかったりと色々有ったそうだが、今では外資系を中心に様々なオフィスが入っているらしい。

 まあ、そうでなくとも交通の便も良いし大きなショッピングモールが幾つもあるが。

「三鳥君ってハレルヤの展望台に行った事無いんだっけ?」

 まあ、なんと言うかいつでも満員だし予約取ってまで行くような気もしないし。

 何だかんだで行ってない。

「まあな、近いし行こうとは思うんだが何時でも行けると思うと機会がつかめなくってな」

 メイにビルの名前を教えたつもりだったが上手く誤魔化せたようだ。

「そうなんだ…処で、その娘ってマスコットアプリ?」

 村上さんがメイを指差す。

 っておい!!

 メイ、おまえ俺以外には見えないんじゃないのか?

 村上さんとデータの共有をしたから、村上さんにも見えるのか!?

 さっき土下座かましてたところ見られてるんだ、正体がアレと同じだとバレるとヤバイ!

 そう、焦っているとフッとメイの姿が消えた。

「あれ?消えちゃった」

 不思議そうにメイが見ていた窓際をみている。

「ああ、あれな?ちょっと友達に、こう言うソフトを趣味で作ってるやつがいて、いま実用になるか試験してるとこなんだよ」

 咄嗟に思いついた事を話して誤魔化してみる。

「プログラマーさんの友達がいるんだ?でも、さっきのキャラってなんとなく…」

 もしかして気付かれる!?

「あ、そろそろ着くな!難波方面から行くからココで地下鉄に乗り換えよう」

 そういって前を見ると、路面電車は最後の交差点を越えて終点に近付いていた。

「ほんとだ、じゃあ行きましょうか」

 そう言いながら村上さんが立ち上がるので、俺もそれに続く。

 何とか誤魔化せたと思ったのかスマートフォンは、ゆっくりと一度だけ振動した。




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