第十一話:変態ああああ
春先からひと月も過ぎれば、その先に待っているのはいわゆる大型連休だ。
ゴールデンウィークをどうやって謳歌するか、それを考えるのは二ヵ月ほど気分が早い気がしなくもない。
いや、予定立ては早ければ早い方が良い。
今のうちにガッチガチに予定を固めておけば、歪みない連休を惜しむことなく楽しむ、いや……存分に謳歌することができる。
しかし、ひとつだけ問題がある。
それは、青春を謳歌するお相手が、なんと野郎しかいないことである。
これに対しては、誠に遺憾である。
――誠に遺憾である。
でも、まずはゴールデンウィークよりも、それより先に迫って来る春休みをどう予定立てをすかどうか――そこから決めてもいいかもしれない。それは夢の中でもできることだし、夢の中にいる僕に任せっきりにしてしまおう。
って、できるワケないがな。
それはそうとして……。
女の子と過ごす初めての休日を、僕はどうやって過ごせばいいか……。
それが今の課題だ。
赤城天音という女の子は――言霊使いだ。
昨今で話題になっている、「言葉狩り」の派生から生まれた、新しい都市伝説。
「宮川さーん。おっはようございまーす!!」
「わぶっ!?」
リビングから声が聞こえて来る声の主は、昨日の朝までは聞こえて来ることのなかった女の子の声。その透き通った声に、思わず僕は変な声を出してしまった。
「…………へぶしっ」
安眠を貪っている僕を半ば虚ろな状態にした原因は、この女の子の透き通った声色にある。朝から元気よく挨拶する目の前の女の子は、よくできたアンドロイドとかレンタル彼女とか彼女とかではない……。
ひとことで言うなれば、僕と目の前の女の子との関係性は――――
赤の他人である。
「まだ花粉症……治まんないのか」
では何故、赤の他人を我が家にいれていて、その赤の他人の女の子は、僕に向かってモーニングコールをしているのか。
「へぶしっ!」
それは、赤の他人の一言では片付けられない――理由がある。
「隣、壁薄いって契約の時に言われたから……あまり大声は出さないでね」とドア越しにぼやいて、すぐさま布団の中に潜り込んだ。潜り込んだ布団の中で、もう一度、大きなくしゃみをする。
「ご、ごめんなさい……宮川さん。起きて、起きて……下さい」
ドア一枚を挟んで、囁き声が聞こえる。
「やだ」
「朝ですよー」
「……おはよう。ごぜんでございます」
「朝ですよー。おはようございまーす」
「せやな。ねーちゃん」
とぼやいて、僕は布団の中に潜る。なんか今日は妙に涼しいというか、しっかりと足まで布団にくるまって、もごもごと身体を動かしているのに、その度に隙間からほんの小さな寒気がすぅ、と肌に触れる。
「おかしいな……昨日こんなに寒かったっけか」
眉を顰めて、またもごもごとしていると、ピロリン、とスマホから音が鳴った。
「…………」
美少女に朝起こされるってのは、ものすごく充実感に満ちるのではないか……。
と僕が寝る前にとんでもない爆弾をチャットに投下した吉祥から「どうだった」とメッセージが書かれていた。
どうもこうもあるか、馬鹿野郎……。
スマホの光に目をしょぼしょぼとさせ適当に「うん」とだけ返し、柔らかい枕に顔を埋める。薄目を開けて返信した内容も読み返すことも無く、すぐにやって来る吉祥の反応も、瞼が重いせいで見る気にもなれな――――
「うん!?」
うん、ってなんだ。うん。って……!?
無理矢理瞼を見開いて、自分が送ったメッセージを確認してみる。そこにはやっぱり「うん」と書かれていて、吉祥の反応は「天音ちゃんの寝顔、見た?」とまた阿呆なことを抜かしている。
やってしまった。
つい、寝ぼけて返信をしてしまった。
せっかくの休日なんだから、午前中くらいは惰眠を貪ってもバチは当たらないと思う。だって、一日は二十四時間もあるんだから。
「そっと……しておいてくれさい」
もう一度、ゴロゴロと身体を動かした後に、布団へと潜る。
『おはようございまーす!』
「わぶぶっ!?」
引き戸を引いて姿を露わにする、202号室の「新しい住人」。声のトーンを若干張り上げて、陽気な女の子の雰囲気を僕の部屋の中に振り撒いている。
「うよはお」
その元気な声色と正反対に、朝と寝起きがすこぶすこぶる苦手な僕は、重い瞼を精一杯に持ち上げて、もう一度声を振り絞って「ぼはよう」と朝の挨拶をする。
「あの……大丈夫ですか?」
あまりにも心配だったのか、声のトーンを戻して、訊いて来た。
「だ、大丈夫。朝がめっちゃ得意じゃないんだよね。それと、ごめん……リビング。カーペット敷いてたけど、少し寒かったよね」
オーバーサイズのスウェット一枚をまとった女の子が目の前に現れる。
「いえ……これ、ダボダボでも暖かかったです。大丈夫でしたよ」
「それはよかった」
長い茶色の髪をポニーテールに結っていて、昨日僕が貸したダボダボのスウェットを着ている。そして――その上からエプロンを羽織っている。
「そのエプロン……何処で買って来たの?」
『百均です! どうですか……似合ってますか?』
あわわわ、と声も出せない状況に、天音ちゃんはきょとんとした様子で、僕のことを見つめる。『似合ってないですか?』と言いながらくるりと身を翻し、そのまま一回転する。一回転してから天音ちゃんは何を思い出したのか、とててて、と台所に戻って、すぐにお玉を抱えて戻って来た。
そして――――えへっ、小首をかしげてはにかんだような素敵な笑顔を、僕に浮かべて見せる。
それは――控え目に言って、
『………どうですか? 天音の魅力にメロメロですか?』
反則でしょう、天音ちゃん。
「うん。可愛い……」
『でしょー?』
「可愛い」
「あ、ありがとう……ございますー。いやぁ、人生で可愛いって言われたことってあんまりないですから、やっぱりなんか新鮮ですね。こういうの」
念を押して可愛いことを伝えると、彼女のトーンがまた戻った。引き戸を引いて部屋にやって来たときから、彼女は明るい調子の口調だった。
「よいしょ……」
顏ごと布団にくるまってから、少しして、もう一度布団から顔を出して、彼女を見ると――なんと、なんということでしょう。
彼女ったら音を立てずに、耳まで顔を真っ赤にしているではありませんか。
「…………恥ずかしい。可愛いって言われるのって、こんなに嬉しくて、恥ずかしいんだ」とぽつぽつと、顔を両手で塞いで、言葉を口にする天音ちゃん。さっきの陽気な口調はどこ吹く風へ、完全に素に戻ってしまっている。
少しだけ、そっとしておこう……。
もぞもぞ、と動いて天音ちゃんに背を向ける。スマホのボタンを押して、近日公開される新作映画の情報や、ティザーのPVを見たりして、ゆるーく時間を潰している。その後は「映画フリックス」のラインナップを一通り見まわしてから、スマホのタスクを切った。
「ねーちゃん。起きるからさ、リビング戻ってていいよ」
「…………やです」
布団にくるまって中にいるから、彼女の声にエコーが掛かっているような感じになる。何か喋ったことは分かるんだけれど、彼女の声が小さすぎで、まるで聞こえない。瞼の重さも相まって、スマホの画面を見るのも、段々と億劫になって来た。
「ごめん……ねーちゃん。もう一回言っ――」
バサッ、と音を立て、布団から顔を出し、いわゆる「いもむし状態」になった僕を待ち構えていたのは――――
『なーんて!!』
「えっ」
『――――というワケで、起きてくださ』
彼女の、ささやかな奇襲だった。
「――――――――!!」
短い悲鳴を僕の部屋で開けてから、くるまっている布団を引っぺがした天音ちゃんの表情が、さー、と青くなっていく。
布団を引っぺがされてしまった僕は、慌てて起き上がり、天音ちゃんに視線を合わせ、「……ちょ、ちょ」と情けない声色を漏らす。
そのとき、手に持っていたスマホが、ゴロン、と音を立てて転がり落ちた。
「……」
「…………」
それと同時に、居心地の悪い沈黙が――室内に落ち込んだ。
思いっ切り天音ちゃんの手によって引っぺがされたオフトゥン君は、ぼふ、と音を出して、ベットの上からご退場なさって、フローリングで横たわっている。
「……えっ?」と耐え切れず、僕は情けない声を漏らしてしまう。
それに一拍遅れて、天音ちゃんも「なっななな、ななっ……ななななな!!」となをいっぱい口にしながら、驚きを隠せずにいる。
見てはいけないものを見てしまった、というよりかは、どうしてこんな状況になっているのか――と、僕のことを目を点にしながら、彼女は凝視している。
「み、みっ、みっ……!」
天音ちゃんが人差し指を伸ばして、僕の方を指す。
そして僕は、天音ちゃんの指を追い掛けてみる。彼女の表情は、このわずかな時間で片手で覆われて、僕からはまったくといって覗き見ることができない。
「み?」
じっと彼女の指に視線を戻して、ゆっくりと視線を移す。僕の視線は段々と彼女の目線からは外れていって、引っぺがされたオフトゥン君を通り過ぎると――
いつの間にか、自分の股間を覗き見ていた。
「ギャッ!!」
それに気が付いて、僕は変な声を出してしまう。
そうだ。すっかり忘れてた。昨日までは一人暮らしだったけれど、本日からは女の子との共同生活が始まるんだった。というかもう始まってるし!
否――もう既にそれは始まっていて、僕は現在進行形で女の子に布団を引っぺがされている。
普通の人なら、生身の身体にはちゃんと下着とパジャマが着用されているハズだ。ちゃんと下着を着ないと風邪を引いてしまうから、風呂から上がったらちゃんとシャツを、パジャマを着るはずだ。いや、着るはずだってなんだよ。
普通は、普通は着るだろ……。
だけど、どうしてか、昨日の僕は――パジャマはおろか、薄い下着ひとつさえも、着なかったのだ。
故に――現在の僕の姿は、「パンイチ」。
なにやってんの、ぼかぁ。
「ちょっと、待っ! こ、これには深い理由があ――――」
「宮川さんの……エッチ!!」
何を隠そう、僕はほぼ全裸――いわゆる九割方すっぽんぽんの状態で、布団にくるまっていたのである。
なんてこった。
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