第十話:幕間っぽいなにか
「…………」
何度目の溜め息か分からない。シャワーを浴びている音が生活音であるというのは間違いないのだけど、僕が風呂場にいないのにシャワーの音がするのは、すこぶる違和感がある。
怪奇現象――――? そうだったら今頃不動産屋に行って今と同じ間取りのアパートへの引っ越しを検討しているところだ。
水漏れ――――? こんな盛大な水漏れがあってたまるか。水道料金が馬鹿にならない。却下。
風呂場に女の子がいるからだ。今は上機嫌になっているのか、風呂場から鼻歌が聴こえて来る。「お湯の温度低かったら、変えちゃっていいからねぇー」
「はーい!」なんていう陽気な返事に、僕はもう一度「は…………」と間の抜けた溜め息を吐き、肩をガックシと落とした。
「こんなの、意識しないって方が無理だろ……」
もうこれ、控えめに言って心臓に悪い。
こっちに越してから五日ほど経った日のこと、セールスや英会話教室のキャッチ、もうてっきり絶滅していたかと思った壺売りに遭遇した。やんわりと丁寧に断っても「あーだこーだそーだ」とペチャクチャ言葉を垂らしながら、マシンガンさながらの途切れることなく言葉の弾丸をこちらに撃ち込んで来る。
ピロリン、とスマホから通知音が、水の滴る音しかしかしない静まり返った部屋に、大きく鳴り響いた。
画面を見ると「ごくごくごくごく」とチャットのメッセージが来ていた。
吉祥のやり取りは唐突に始まって唐突に閉幕するので、もう控えめに言って意味が分からない。僕が「今のごくごくごくって、なんぞ?」と訊くと、「なんとなく」と返って来る。
「意味分かんねぇよ」と呟くと、
「ごくごくごく」とまた意味不明なメッセージが画面に飛び込んで来る。
「くたばれ」と返した。
いや……冗談抜きで、本当にくたばれ。
「…………」
「それにしても……」
(夢……なんかじゃないよな?)
シャワーの音に耳を傾けると、再び現実へと引き戻される。
ぼんやりとした思考をゆっくりと咀嚼しながら、僕はリビングで微睡と対峙をする。微睡がついさっき起こった出来事の記憶を、じんわりと呼び起こして来る。
突然に始まった、女の子との、年下の――女子中学生との同居生活。吉祥の強い妄想と、言霊使いの女の子である赤城天音ちゃんとの共同生活。
共同生活と言ってもどうというワケでは無い、と腰を据えてごくごくフツーに構えていた僕は、日常の意味をちゃんと、そうだ。ちゃんと理解していたはずだ。
それだというのに、僕は天音ちゃんに着替えとタオルを貸している。大丈夫? 男臭くない? と藪からに訊いたのを――彼女が風呂に入る直前に言ったことを思い出す。
「―――――ッ!!」
駄目だ。馬鹿じゃないの、僕……。
なんで思い出してんだよ。
過去の自分に伝書鳩を送れるのなら、今すぐにでも送ってやりたい。
「いいか、その女の子とはメールかチャットでやり取りするんだ。そうでないとお前は――――」
シャワーの音で、身悶えすることになるんだぞ。
「お風呂……あがりましたー。ありがとうございますー!」
いいか、間違ってでも「僕と一緒に暮らそう」だなんてロマンチックな言葉を彼女に向けるんじゃないぞ。
そうでないとお前は――――
「あの……どうか、しましたか?」
「なんでも……ありましぇん」
オーバーサイズのスウェット一枚をまとった女の子を目の前にして。
「―――――ッ!!!!」
身悶えることに、なるんだぞ……!!
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