第九話:言葉の華

「ただいま。ごめんね……一人にさせて、少し遅くなっちゃって」

「いえ、大丈夫です。お気遣い、ありがとうございます」

「やっぱり、可愛い……な」

「口説くな」

「あ、ありがとうございます……学校でそんなこと言われたことってあんまりないから……その、なんか新鮮です」と天音さんの顔は未だ赤いままだ。

「さて……と」


 リビングに戻って話の続きをすることになった僕と天音ちゃんと、リビングに上がり込んだ吉祥の三人で、何故か今後の話をすることになった。

 ちゃぶ台に三人で囲んでから、僕は思い出したかのように冷蔵庫から麦茶を取り出し、紙コップに注ぐ。

「ジュース買ったやんけ」と野暮ったいことを言う吉祥に「どうどうどう」と言って落ち着かせる。

 話をするにあたって、吉祥に喫茶店で話したことをざっくりとまとめてチャットに投下する。また順に追って話して、埒が明かないのは僕も天音さんも困るし、天音さんには門限だってあるハズ、ずっとこの部屋にいるワケにもいかないだろう。


「というわけ――――なんだよ」


 と両手のフリック操作を駆使して文章をチャットに投下した僕は「どはぁ」と溜め息も一緒に投下した。両手のフリック打ちって、めちゃくちゃ親指を酷使するんだな。PSPの「モンハン持ち」とか、PS2コントローラーの「AC持ち」とかと同じように、慣れないと手が痛くなっちゃうんだな。うん。

 なんて、両手のフリック打ちをもう二度とやらないぞと心に決めている最中に、


「しちゃえばいいじゃん」

 ――――と、吉祥はちゃぶ台に爆弾を投下した。


「困る」

 僕はしばらく沈黙を押し通した後に、短く答えた。

「嫌だ……じゃないんだな」

 そりゃあ、と僕は言葉を濁らせる。僕は、断ることなんてできない。

 押しに弱いとかそう言うのじゃなくって、

 何をとは、僕に言わなかった。僕だって「しちゃえばいいじゃん」の意味くらいは分かる。

 吉祥が言うには、天音さんの言葉を飲んだ方がいい――ということ。

 共同生活を、今僕らがいるこの場所で、するということ。

 でも、そうしたら……。


「僕の……自由はどうなるんだよ」

「何言ってんだよ……宮川」


 僕の質問に団子三兄弟ヘアー野郎は、アハハッとい短く声に出して、ワザとらしく笑った。僕はその嘲笑うような笑い方が大ッ嫌いなので、「なんだよ」と言ってから、紙コップに注いだ麦茶を飲み干して、こつん、とワザとらしく音を立てて紙コップを置く。それは今できる僕の精一杯の反攻だ。


「お前の言う自由って奴は、『あ』と一緒に天音さんが持ってるよ」


 僕と天音さんは、ほぼ同時に吉祥の方を向いていたと思う。天音さんは、僕を一瞥してから、もう一度吉祥へと視線を移す。僕もどうしてか、天音さんの方をじっと見つめてから、吉祥の顔をじっと見つめていた。

 僕はきっと、酷い表情で吉祥を睨んでいたに違いない。

 吉祥は、何が言いたいんだ……。

 天音さんが、僕の「あ」だけじゃなくって、自由まで持ってるってのは、一体どういうことなんだ。

 天音さんは、切迫した雰囲気の中で「あわわわ……」と僕と吉祥のことを忙しそうに見ながら、狼狽えている。


「吉祥」

「なんだ」

「ねーちゃんの中に自由はあるって言ったな」

「言った。確かに言った。これまで通り、宮川は普通の生活を送れる。『あ』がなくっても、学校では駄弁ったりできるし、クラスメイトの連中とだって問題なくやり取りはできるだろう……『あ』が喋れなくたって、バカ騒ぎはできる」


 そりゃそうだ。当然だ。と僕にずいと突きつけたアンサーを跳ね除ける。

「あ」が喋れなくっても、別に人間関係が壊れるワケじゃない……。

 そうだ。壊れるワケじゃない。と自分に言い聞かせて、次の言葉に身構える。

 しかし――――


「でも……宮川は、赤城さんの名前を呼べないじゃないか」


 その言葉に、呆気に取られた表情になってしまう。


「ありがとうって、言えないじゃないか」


 その言葉に、僕は口を噤んでしまう。


「もし愛する人ができたときに、愛しているって言えないじゃないか」


 言葉に、僕の五臓六腑を思いっ切りえぐるような、そんな言葉のボディブローが、僕の身体に思いっ切りヒットする。

 吉祥の最後の一撃に、僕の身体に流れている血管の管が――パチンと、弾けた気がした。なんだ今の間抜けな音。


「血が……血が出てますよ!」


 息を呑む声と共に、取り乱した様子で天音さんはポケットから使いかけの携帯ティッシュを出して、すっと僕の空っぽの紙コップの隣に寄せる。

「……りがとう」

 僕は天音ちゃんの赤い瞳に向かってぎこちない言葉を小さく口にする。そしてティッシュを鼻に詰めてから、僕をいつにない真剣な眼差しで見つめている彼の目を、しっかりとこの眼で受け止め、僕は自分の意思を伝えるために、言葉を紡ぐ。


「――――――――」

 なんて言ったか、僕は覚えていなかった。

 自由は、誰かが決めるものじゃない。と言ったのかもしれない。

 吉祥の言葉に、僕がどんな言葉を乗せたのか、紡いだのか、声に乗せたのか――――それが、分からない。

 何か言ったんだ。

 その言葉に、僕の友人の表情が動いたのは間違いない。

「……」

「…………」

 双方が無言を貫いた後に、沈黙が再び舞い降りる。今度は長い沈黙で、僕も、天音さんも、吉祥も、ずっと押し黙っている。緊張、いや、気まずい雰囲気が漂いそうになったとき――

 もう一度、吉祥が動いた。

 こほん、とワザとらしく咳払いをしてから――ゆっくりと、心の中で温めておいただろう言葉を、ゆっくりとした口調で呟く。


「言葉を返せる方法が、本の中にあるのなら、本を読み漁ればいい。言葉を返せる方法が……映画の中にあるって言うのなら、映画を見まくればいい」

「おい吉祥……さっきから僕に、何が言いたいんだよ」

「俺はお前に、勇気を与えてんだよ」

「馬鹿……言ってんじゃねぇよ」


 勇気を贈るための激励にしては――――どうにも刺激が強過ぎる。

 さっきから、背中を蹴っ飛ばされている気分だ。

 痛い。


「馬鹿なんて言ってない」

「吉祥……」

「宮川の言葉を返す方法が彼女と過ごす日常の中にあるなら、宮川は赤城さんと一緒に暮らしながら、言葉を返す方法を日常の中で探せばいい……言葉を返す手段が日常なにしかないんなら、迷わずにその方法を取るしかない」

「……」

「赤城さんが一緒に言葉を返す方法を探しましょうって言ったのは、町に出て、他の言霊使いに訊いて、言葉を探す物語をするからじゃ――――ないと思うぞ」

「…………」


 言われた瞬間、今まで出どころの分からなかったもやっとした感情が、一気に喉元までせり上がって来た。 

 彼女は「ごめんなさい……ちゃんと、ちゃんと言えなくって」と俯いて、小さな言葉を紡ぐ。

「いいんだ……言葉をちゃんと言えないことは、誰にだってある」

 僕は彼女が紡いだ小さな言葉を拾ってから、彼女が言った言葉を、もう一度思い出してみる。


『あなたの『あ』を返す方法を一緒に……一緒に探して欲しいからです!』

「……」


 天音さんが僕に向かって口にした言葉を――――


『宮川さんと一緒じゃないと、この問題は……絶対に解決できないんです。どんなにお金を持っている人でも、どんなに日本で、世界で名を馳せている人でも……今私が抱えている問題は、解決できないんです』

「…………」


 告白のような言葉を受けたことを思い出して、頭の中で反芻させる。


『大きく広がったこの世界の中に、溢れるほど人がいても……一緒に探してくれる人に、あなたの代わりなんて誰にもできないんです!!』


 僕の代わりなんて誰にもできない。

 僕の代わりなんて誰もいない。

 大きく広がったこの世界の中、どんなにお金を持っている人でも、どんなに日本で、世界で名を馳せている人でも――――

 天音さんが抱えている問題は、解決することができない。


「……そうか」


 僕は、天音さんが――言霊使いの少女が持つ瞳の色を、瞼を閉じて思い出す。

 彼女が持つ瞳は――――なにかを背負っている、「覚悟」を持った瞳だ。

 紅蓮の宝石をその眼の中に宿していて。

 燃え盛るような赤い瞳が、めらめらと焔をあげていて。

 僕にその焔は眩し過ぎて、刺激が強すぎた……。

 強すぎたんだ。


「……そうだ」


 まっすぐな目線と言葉が、眩しくって仕方が無くって。


「…………そうだよ」


 こんなまっすぐな瞳に射貫かれてしまったから――――

 僕は、彼女の言葉を受け入れたんだ。


 くいっと、杯を煽るように一気に紙コップの中の麦茶を飲み干してから、今度は買って来たペットボトルのカフェオレに手を付ける吉祥。


「変わってやりたいさ。でも……俺は吉祥ウラだ。俺は宮川健人じゃない」

「…………」

「俺は助言はできるけど、手助けはできない」

「俺は、ただの吉祥ウラだ。お前の人生の主役は……誰でもない宮川自身のものだろ。だから……この決断は俺じゃなくてお前が決めるべきだ」

「分かってるさ……」

「…………」

「ただ、お前の友人としてひとこと言わしてくれ」

「分かった」

「俺だから見えるものがある……と同時に、赤城さんや宮川にしか見ることができないものだってある……それは景色だってそうだし、夢だってそうだし、言葉に潜む真意だってそうだ。俺が気付いたからって、宮川が気付かないことだってある」


 吉祥の「夢」と言う言葉に、天音さんの眉が少しだけ動いた気がした。


「だから、言葉に操られるな。言葉に振り回されるな……言霊使いにじゃなく、人間に。そして自分自身の言葉に」


 それから吉祥は、「はー」と伸びをしてから、もう一度カフェオレに手を伸ばして、それを一気に飲み干してしまう。見事な飲みっぷりだ、言葉の熱に浮かされてややぽけーっとしていた天音さんも、ぐいっと紙コップの中の麦茶に手を掛けて、豪快に口元に当てる。


「お前に『あ』が戻って来たとき、お前はどう変わってるんだろうな……」

 吉祥は、ぎゅっと握り拳をつくった後に、すぐにそれを紐解いて、僕の背中を思いっ切り叩いた。ひゅん、と風の着る音を追い掛けて、ばちん! と大きな音が、僕の背中を中心に響き渡る。

「――――痛ッ!?」

「そのときは、一緒に食べようぜ。担々麺」

 そうだ……。

 そうだ。

「あ」を言霊使いに取られちゃっても、天音ちゃんに言葉と一緒に気持ちを伝える自由を取られちゃっても、言霊使いに選ばれたとしても――――

 僕は、僕なんだ。

 どこにいようと、宮川健人なんだ。

「それと……引っ越しの紐解きなら……おいどんにまかせるでごわす」

 と急に西郷どんめいた――取って付けたような鹿児島弁を振り撒いて、「トイレ」とだけ言って、手のひらをヒラヒラと振ってリビングを後にする。

 おい、荷解きはどうした。

 

「ねーちゃん」

「はい。なんでしょうか」

 言霊使いの少女は、僕の言葉を待ち侘びていた。

「喫茶店では、色々と言っちゃってごめんなさい」

「でも……不安だったんだ」

 このまま言葉が喋れなくなったら、どうなってしまうんだろうって、不安になった。この不安を抱えたまま、日常を過ごさなくちゃいけない。毎日を過ごさなくっちゃいけない――――

 言葉を喋れなくっても、どうとでもなると強がっていても、どうにもならない感情が僕の周りに付きまとって、離れない。

「――――どうしよう」

 どうしようもないのに、どうしよう。そう思えば思うほど、不安は心の中に溜まっていって、息が詰まりそうになる。学校や家では極力、「あ」が取られちゃったけれど、どうしようか……。

 僕は、不安だった。

 いや、僕だけが不安だったんじゃない。

 僕はじっと天音さんのことを見つめる。なんですか? と言わんばかりに首を傾げて、僕のことをじっと見つめ返している。その真っ直ぐな、紅蓮の瞳を宿した覚悟のある瞳に――

 目の前にいる、言霊使いの少女――赤城天音さんだってそうだ。

 僕も不安だったということは、彼女もまた――不安だったんだ。

 どうしてか、言葉を返すことができなくって。

 それは、誰にも解決できない問題で。

 このまま言葉が返せなくなったら、どうなってしまうんだろうって、不安になった。この不安を抱えたまま、日常を過ごさなくちゃいけない。毎日を過ごさなくっちゃいけない――――

「ねーちゃん。さん」

 僕は、天音さんのあだ名を、ぽつりと呟く。

「なんですか……? 宮川さん」

 そうだ。

 言葉の返し方が――分からないんだったら、

 一緒に探せばいいじゃないか。

 僕は、自分で湧き上がってくる言霊を心の中で言葉にしてから――――

「僕と一緒に、言葉を日常の中で探してみませんか?」

 目の前の一人の女の子に、告げた。

「あはは……なんですかそれ」

 僕の言葉に彼女は、あはっ、と笑って――僕の顔を覗き見る。

 本当に、表情がビックリするくらいに変わる子だ。

 でも……。

 こんなに眩しい笑顔を見たのは、今が初めてかもしれない。

 この子、こんなに可愛らしく笑うんだなぁ……。

「宮川さんって……とっても澄んだ色の瞳をしているんですね」

「ねーちゃんは、なんというか、情熱的だよ」

「赤色の瞳って、普通は『アルビノの人』にしか宿らないらしいんです」

「でも……綺麗だ」

 僕の短い言葉に、天音さんは満面の笑みで返してくれた。さっきよりも近い距離で、上目遣いで――――今度は照れ笑いを僕に見せる。

『さっきのお話、どうしちゃいましょうか』

「どうしよう」と言葉を紡ごうとして、僕はハッとする。

 天音さんの声のトーンが、一瞬にして変わった。

 一人を相手にしていないような、そんな感覚――吉祥に言った言葉を思い出しながら、目の前の既視感と対峙する。

 それはまるで、独り言ちている様で――恥ずかしさをひた隠しにしている自分を言葉と「なにか」で覆い隠しているような、そんな感じ。

「どうにも……しない」

 僕の言葉に、目の前の「少女」の表情が少しだけ動く。身体に静電気を受けたかのような――微弱な電流が迸ったような、感覚。

「どうにもしないよ……」

 僕的には「もうどうにもとまらない」状態だ。

 だから、暴走しそうな感情をどうにもしない。

 今胸にある感情を――――

 言葉に紡ぐ!!

「だから、僕と一緒に……暮らそう」

「……」

「…………」

 恥ずかしいことを言ったのは、間違いじゃないはずだ……。

 普通だったら絶対に言わないだろうことを口にしたのは――きっと間違いじゃないはずだ。

 でも、しっかりと思いを口にしたのは、本当だ。

「――――――――!!」

 恥ずかしさで文字通り「どうにもならなくなってしまった」目の前の少女は、「え、あ、う? お……ああう」と唸って顔を赤く染める。僕を見て、顔を隠して、また僕のことを一瞥して、かああ、と耳まで赤くなる。

 そして……。 

 ぼん、と目の前の女の子のから、柔らかい破裂音がした。

 

 それと同時に――――

 まるで計ったかのようなタイミングで、吉祥がトイレから飛び出して、

「今から〇ンキで神父のコスプレ服を買ってくるからさ……さっきのもっかいだけやってくれない?」

 なんてことを言った。

「なんでやねんッ!!」

 その瞬間に、アパートの一室に野郎の叫びがこだました。

 

 夕暮れが、近付いてきた。

 僕が叫んだ「なんでやねんは!!」自分至上一番大きな声で叫んだ「なんでやねん」であることは間違いない。どうでもいいことを補足すると、僕は関西人じゃない。コッテコテの御留美市民だ。

 今まで吉祥が言い出した「提案」はしょうもないモノが大半を占めていて、しかもロクなものを挙げるとキリが無い始末がほとんどだったのだけれど――――

 今日に限っては、吉祥はビックリするくらいにまともな提案を僕にくれた。

 告白――のようなものを終えた僕は、頭を冷やすために外の空気を浴びにベランダで頬杖を付いている。暴走列車は、吉祥の登場によってぼん、と煙突から白い煙を出してしまい、その場で止まってしまった。

 先頭車両の僕は、煮え切ってしまい今はぼーっとしている

「ふぅ……」

 と夕焼けに染まる中で吹きすさぶ風を浴びながら、僕は長く溜め息を吐く。

 今日だけで、どれだけ溜め息を吐いただろう。

 今日だけで、どれだけ驚いただろう。

 今日だけで、どれだけの言葉を聞いただろう。

「ふぅ…………」

 どうやら吉祥は荷解きはそっちのけで天音さんと仲良く談笑を始めている。荷解きは本当にそっちのけで、その光景を見やってから、僕は「ま、いいか」と肩を竦めた。

 あれもあれで彼なりのフォローだ。場を崩すことが上手いが故に、場の――雰囲気の持ち直し方も知っている。根っからの芸人気質。

 正直言って、羨ましい……。

 僕は腕を上げ、両手を伸ばして背伸びをする。今日は座ってばっかりだったなぁ……。と考えて、おてんとうさまを眺める。

 沈みゆくおてんとうさまは、刻々と黄昏時を迎えつつあった。

 頃合を見計らって部屋に上がると、吉祥は「そろそろおいとまするわー」と腰を上げて玄関へと歩みを進めていく。

「それで……どうなったの」と僕吉祥に歩幅を合わせて、玄関までお迎えをする。

「とりあえず、一月の間はお世話になるみたいよ」

「そう……」と小さく呟いて、僕は自分の顔を両手で覆う。ポケットからスマホをスマホを取り出して、電源を付けずにじっと画面を見つめる。

「どしたの?」

「僕さ、あの子に一緒に暮らそうって言ってたとき、どんな顔をしていたのかなって……思ってさ」

「カッコいい顔してたって、天音ちゃん言ってたぞ」

 な――と狼狽えた瞬間に、吉祥は「嘘だよ」と笑いながら靴を履く。ズボンの裾をちょいちょいと直してから、こっちへと振り向く。

「でも……嬉しかったってのは、本当だぞ」

「えっ」

「それじゃ、末永くお幸せに!!」

「ちょ……待て! 吉祥!!」

「…………」

 振り向かずに走りだし、チャリンコに跨ってペダルを踏み、きこきこと漕ぎながら、吉祥は文字通り明後日の方角へと進んでいった。

 吉祥――そっちの方角って、お前の家からはちょうど反対だろ。

 何処行ってんだよ……。

「ふぅ……」と溜め息を吐いて、玄関の扉を閉める。後ろを振り向くと制服姿の女の子――天音ちゃんが腕を後ろに組んで、僕のことを真っ直ぐな眼差しで見つめている。


「嵐のような……人でしたね。吉祥さんて」

 天音ちゃんの的を射た発言に、僕はおかしくなって笑ってしまう。僕の笑い方を見て驚いたのか、次第に彼女の頬も緩んでいって、最後には堪えられなくなって笑い始めた。吉祥には悪いけれど、団子三兄弟の髪型でど真面目なことを言うとは思いもしなかったから、意外だ。

「そうだね……」

 僕が彼女の言葉に頷いて、目元に少しだけ溜まった涙を拭ってから、ベランダの窓を閉めようとしたとき――――

 開けっ放しのベランダから、明日へ続く風が、舞い込んで来た気がした。

「宮川さん……」

 僕の名前を呼ぶ声がする。

 その声に、僕は振り向く。夕日の光を浴びて、より輝いてみえる彼女の明るい表情と、より一層強く光る深紅の瞳。

「よろしくお願いしますね!」と透き通った優しい声色に、

「こちらこそ、よろしくお願いします!!」僕は握手と言葉で応じた。


 僕と見習い言霊使いとの邂逅の末に見出された「ひとつの解決方法」は、思いもよらぬところで幕が開けた。

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