第七話:友人ああああ Part Ⅱ

「お邪魔しまーす!!」

 元気よく僕の家に入って来た吉祥は、「湯沸し器借りるぞー」と言い、ずかずかと部屋の中に入っていく。

 天音さんが「なんですか……あれ」とあわわわな、驚きと戸惑いが交じり合った表情をしていた。例えるなら、そう、

 今日の吉祥のカツラは、団子三兄弟型だ。頭の上に団子をみっつ乗っけているような――はにわに比べると、若干高さがある髪型になっている。

 色は偶然にも、僕の隣にいる天音さんと同じ――淡い茶色。

 うん。ビックリするくらいに、同じ色だ。

「後は……三分待つだけだな」とぼやいてから「宮川のもつくっておいたぞー」とちゃぶ台にカップ麺を並列に二つ並べた。

「座れよ」

「お前が言うなよ……吉祥。それと、余計なお世話だって」

「君も、ひとつ……どうですか?」

「いいんですか? ありがとうございます」

 彼女がそう言うと、よいしょ。と腰を上げてカップ麺の蓋を半分開けて、湯沸かし器のお湯を注ぐ。

 ――――というか、僕のキッチンなんで普通に使っているのこの友人。

 僕が吉祥を一瞥すると、彼は「フフフ」と不敵な笑みを浮かべてから、伊達メガネをくいっと上げる仕草をする。なんともワザとらししくて、意味不明な仕草だ。彼が度付きの眼鏡を掛けてれば、何も言うことはないのだけれど、彼は伊達メガネの下にコンタクトを付けている。まったくもって意味不明である。

「ところでさ……」

「なんだよ」と僕は短く答える。

すると、「ほう……」とまた悪役のような笑顔を浮かべて、吉祥は頬を緩ませた。吉祥、お前は眼鏡の上からなんでそんなにも悪い顔をしているんだ。もしかしなくても、何か企んでいるワケじゃないだろうな……。

「君、お名前は?」

「赤城天音です」

「よろしく、天音さん。それで俺はなんて君を呼べばいいのかな」

 おい、吉祥……。なにネコかぶってんだお前。

「ねーちゃんって呼んでください」

「ね、ねぇ……ちゃん!?」

「ちょ、ちょっと!!」

 吉祥は自身に電撃が走ったような顔をする。口を半開きにし、ポカンとした表情を崩さずに、まるでカタカタカタ……なんて機械染みた擬音が 僕の方を向いた。無言の圧力が、僕に容赦なく襲い掛かる。

「宮川……お前、どういうことだよぉ」

「その、宮川さんは、ねーちゃんって呼んでくれないんです」

「…………」

「なんだ……なんだよ」

「…………お前」

「だから、なんだよ」

「お前、いくらなんでも見た目年下の女の子に『お姉ちゃん』って呼ばせるのは、ちょっと……なんていうか。引くわ」

 しかも出逢って数時間も経ってない女の子に、と吉祥は付け加える。

「……もう、なんとでも言ってくれ」

「違うんです……」と天音さんは吉祥の言葉を遮って、僕と吉祥のカップ麺の上に、貰った割り箸をちょこんと乗っける。

「私の名前は、あが名前と名字でふたつ付いているんです。だから……」

「なるほどね……つまりは、世の中の関節は、外れてしまったということか」

「へっ?」

 おい、なんでこの状況で――ウィリアム・シェイクスピア の「ハムレット」の言葉が出てくるんだよ。意味分かんないぞ。

 突然の詩的な言葉に、天音さんはまた「あわわわ」と戸惑いを隠すことができないでいた。吉祥、出逢って数分の女の子のことを、言葉を遮ってまで困らせるな。

「世の中が……いや、宮川の関節が外れてしまったから、宮川は赤城さんのことを『ねーちゃん』って呼んでいるんだね?」

「言い得て妙だな……じゃなくてさ!」

 僕は呼ばされてるんだよ! と必死に弁明をする。天音さんの方へ視線を合わせてから――呼ぶしかない状況にあるんだよ。と言葉を言い改める。

「呼ぶしかない状況って……普通に呼べばいいじゃないか。人の名前だろ?」

「そう言うんなら、自分でこの子の名前を言ってみなよ」

「ええっと――――赤城天音、さん。でいいんだっけ」

「はい」

「……」

「…………」

「……………………なるほどね。今ので完全に理解したわ」

 うんうん、と頷いて、

「あのさ、宮川」

「なにさ」

「お前さんが『あ』を喋れないことと、お前の部屋に天音さんがいるのって……」

「うん」

「何か関係があるのか?」

「あるよ」

 僕は迷わず言った。

「ほぉほぉ……で、チミこの女の子とは、どんな関係があるんですのぉ?」 

 まるで僕の言っていることが信じられないと、そんな表情をこちらに見せつけている。口角をゆっくりと上げた後に、フッと鼻息を漏らした。さっきよりもさらに嫌な笑顔になっているのが、無性に腹が立つ。

 おほほじゃないよ、おほほじゃ。

 コイツが部屋に入ってから、状況が悪化しているのは――――僕の気のせいだろうか。いや、絶対気のせいじゃないと思う。

「いいか、宮川」

「なんだよ」

「年下の女の子に恋することは、別に悪いことじゃないんだぜ……宮川。お前は幻想を抱き過ぎている」

「は?」

「俺たちと同じくらいの女の子を家に上げてすることと言えば、お前でも……分かるだろ?」

「リアルおままごとだよ!」

「なんでやねん!!」

 どうしてそうなるんだよ。意味分かんねぇよ!!

 焦らしているワケではないんだけど、順を追って話をするとその度に吉祥がふざけたリアクションをかまして来るので、もうこれじゃあ埒が明かない――

 もう、限界だ。

 そう思い、僕は、ふう……。と長く溜め息を吐いてから、

「このはね……言霊使いなんだ」

 あっけらかんとした表情で、真実をあっさりと暴露することにした。

「な、なんだってー!?」

 予想通りのリアクションに、僕はノーコメントを貫くしかない。

 これが他人事だったらほんの少しのご愁傷さまという気持ちと、ケラケラ笑うことができるのだけれど、いかんせん……この問題は自分自身の問題。しかもたった今その真実を知る者が、一人増えた状態だ。

「この女の子が……言霊使いだって?」

「そうだよ」

「マジかよ」

「そうだって」

「可愛いな」

 ぼん、と隣の女の子のから柔らかい破裂音がした。隣を、天音ちゃんの様子を横目で覗いてみると「え、あ、う? お……ああう」と唸ってから両手で顔を隠す。

 なるほど、この茹で上がっている姿が、彼女の恥ずかしいよ。というサインか。

「……天音さん?」

「ちょっと――――来い!!」

「あっ、ちょ……ラーメン!!」

「頭にでも乗っけろ」

 僕は、吉祥のことを引っ張っていた。慌ててカップ麺ふたつと、割り箸ふたつを手に取って「あわわわわ」と声を出す。

「天音さん……三分経ったら、食べちゃってもいいからねぇ」

「…………」

 何も言わずに、茹で上がってしまった天音さんは、こくこく、と頷いた。

「ふぅ……」

 今日で手を誰かの引っ張るのは、これで二回目だ。

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