第五話

「ここを出る準備をして下さい」


 リゼは帰ってきてそうそうこんなことを言った。


「えっ、何どうしたの。そんな真剣な顔しながら」


 そう聞いたものの、どうしてかの理由は薄々気づいていた。


「王都からの兵士達が明日にはこの街に来るそうです。なので私達は今のうちにこの街を出て兵士と入れ違いにならなければならないのです」


 ほう、王都。日本で言うところの東京で、そこの兵士は警視庁みたいな存在か。


「っで、この街を出るってどうやって出るの? 俺をこの街から逃がさないために門みたいな場所では検問とかやってるんじゃないの?」


「えぇ、四つの門にそれぞれ門番が二人ずつ配備されています。すでに情報は行き渡っているでしょう」


 そうか、なら……


「無理じゃね」


「まあ、出ることが出来る可能性は低いでしょう。ですが、王都からの兵士がやって来るとその可能性は完全にゼロになります」


 へぇ、そんな凄いんだ。王都の兵士はキャリア組のエリートみたいなもんなんだろうな。


 キャリアもエリートも、どんなことをしてるかは知らないのだが。


「んで、王都の奴らが来なければまだ出れるのだな」


 そう聞くと、またリゼは楽しそうに、はいと答えた。


 こいつが楽しいと思うタイミングがよく分からんな。


「それで、どうやって兵士の目を掻い潜って街を出るんだ?」


「それに関しては歩きながら話ますわ。ですので今はここを出る準備をしてください。私は今から宿の人に料金を払いに行って来るので準備が出来たらそこに置いてあるトランクも一緒に持って降りてきてください」


 あいよ、と短い返事を聞いてそのまま下へと向かった。


 しかし準備と言っても、ほとんどカバンから出してないからな。


 それにこの本も俺が持ってる武器なわけだしな。

 カバンに入れてたらすぐに取りだせない。


 しかし、サイズ的にもずっと手に持ったまんまというのもな。


 なんか、良い感じの持ち運び用のチェーンとか無いのかな。それがあれば、ズボンにでも付けてすぐに戦闘体勢に入れると思うのだが。


 とりあえずカバンに入れよう。


 しかし、ネックレス邪魔だな、これもカバンに入れるか。


 そう思い、首からこれを外しカバンに入れようとしてネックレスを見ているとある違和感を覚えた。


 なんだこれは、色が少し緑がかってないか?


 確かさっきまで、白色だったはずなのに。


 どういう原理だホントに。


 気になったよでしばらく考えていたかったのだが下で待たせるのも悪いと思いとりあえず首に下げたままにしておくことにした。


 無駄にこういう所は律儀なんだよな、俺。


 カバンを背負い、リゼのトランクを持ち上げようとして驚いた。


 何気に重いでやんの。


 一体、何を入れたらこんなに重くなるんだ。


 荷物なんてそんな必要じゃないだろ。

 必要なものを必要なままに用意すればここまで軽くできるのだから。


 俺を見ろ! 異世界だと言うのにこの荷物量!


 旅行雑誌で荷物の減少術を教えるコラムなんか任されたら、一躍人気コーナーになるからな。


 そんなことを考えながら下に降りると、すでに手続きを終えたらしく壁にもたれ掛かりながら待っていた。


「リゼよ、準備できたぞ」


 そう声をかけると向こうも気がつき、こちらに歩いてきた。


 そこで何か気づいたのか少し不思議そうなる顔をしていた。


「なんだ、何か気になることでもあったのか」


「えぇ、柳田さんが付けているネックレス。色が濃くなってませんか?」


 どうやらさっき、俺が感じた違和感は合っていたらしい。


 ホント、どういう理由かは分からないが色が変わっている。


 まあ、なんとなく理由ぽいのは分かっているが、必ずしもそうだとは分からないからまだ何もその理由について言うつもりは無いが。


「じゃあ、門までの案内よろしくな。リゼ」


「はい、分かりました。あっ、それと柳田さんはこれを着ていて下さい」


 そう言うとリゼは俺が持っていたトランクを手に取り、おもむろにそれを開け、中からリゼが今着ているのと同じ色のコートを出して渡してきた。


その後、トランクを丁寧に閉め、それを再び渡してきた。


いや、自分で持てよ。


「柳田さんの格好は目立ちますからね。街を離れるまでの間はそれを着といて下さい」


 今、俺が着ているのは高校の制服だ。


 なんだかんだで持っている服の中で一番高価で丈夫なのはこれだったので着て来たんだが、やっぱ目立つか。


 俺はリゼのコートをそのまま羽織った。


 何気に良い匂いがしやがる。


 やっぱ男と女では匂いが違うのか?女の匂いなんかはそこまで意識しないからな(する以前に女子は俺に近づいてこないしな)。


「では、行きましょうか。まだ暗くなる前ですが今のうちに行けばそれだけすんなり行きやすくなりますのでね」


 そうリゼが言うのを聞きながら俺達は宿を出た。


 外は暗くなり始めており、建物の中から光が洩れている所もあった。


 この世界には電気は無いだろうしどうやって光を出しているのだろうか。

 まあ、恐らく魔法的なもなんだろうがな。


 しかし、こんな堂々と歩いていいのだろか。


 脱獄した直後はあんな鬱陶しい道を通ったのに、今は普通の道を普通に歩いてるのだが。


 大丈夫……だよね?


 にしても、なんか不思議な感じだ。


 なんかさっきまで異世界に来た! って感覚がなかったのだが、こうして街を歩いていると嫌でもここが異世界だと思わずにはいられない。


 すれ違う人全員が自分とは違う風貌をしていてなんとも言えない気持ちだ。


 まあ、風貌が違うといえども、髪の色や目の色が違うだけなのだがな。


 でも、異世界だ。きっと人外さんやエルフなんかにもそのうち会うだろう。


 どんな見た目なのか。それと、エルフはホントにエロフなのかが気になって仕方がない。


 まあ、中途半端に現実的なこともあるこの異世界じゃあ、そもそもいないと言う可能性もなきにしもあらずなんだけどな。


 しかし、このままただ考え事をしながら歩くと言うのもなんか悪いな。


 今までは常に一人で行動してきたから、隣に人がいるというのはなんか変な気分だ。


 なんか話題、話題と……


 あぁ、そうだ。ちょうど良いこの事を聞くか。


「なあ、リゼよ」


 話かけて来るとは、思っていなかったのだろう。少し驚いた様子で返事をした。


「はい、なんでしょうか?」


「いやさ、神器はどういう存在なのか気になって。あんなに執着する理由はなんなのかなーって」


 あそこまでして欲しがってるものだ。よっぽどのものなんだろう。


 しかも、神器。


 神と付く程のものだ。知っておいて損はないだろう。


 それになんだ、リゼに神器の話題を振れば話が途切れることも無さそうだしな。


「神器についてですか! えぇ、もちろん何でもお話ししましょう!」


 ほら、凄い目を輝かせながらこっちをみてきてる。


「まずですね! 神器とは現代の技術では再現不可能な魔導具、または力を持つものを総称する言葉なんですね! どんな用途で造ったか、誰が造ったかが分かるものもあれば、用途、製作者が一切不明なものもあります!」


 うっわ、テンション上がり過ぎだろ。


 自分が言わせといてなんだが、これはちょっと引くわー。


 まあ、それは一旦いいとしよう。


 神器というから、てっきりホントに神が造ったかと思えばそうでは無いのね。


 それは、昔の人間が造ったもの。だが、今の人間は造ることが出来ないもの、それが神器という存在なわけか。 


「それで、どんな種類があるの?」


「種類はもう様々です! 霊的なものを召喚して操れてり、何でも切れる刀であったり、自らの肉体の限界を越えれるものだったりとホントに様々! まだ確認されていない神器もあるならさらに種類は増えます!」


 言いたいことを言えて満足したのか、軽くヨダレを口から滴らせ、恍惚の笑みを浮かべ天を仰いでいた。


 神器は何でもアリのチート武器って認識で良いみたいだな。


 しかし、ホント好きだな。


 ここまで自分が興味を持てるものがあるとはな。


 まあ、だからと言ってなんだというわけでも無いのだかな。


 しかし、ホント。どうしてここまで好きになれてんだ。


「なあ、それでリゼが探している神器ってどんなもんなんだ?」


 また、食い気味で話してくるのかと思ったらそうでもなかった。


 軽く顎に手を置いた後、一拍おいてから、

「すいません。それをお答えするのはまた今度でも良いですか」

 っと言った。


 まあ、言いたくないならそれで良いか。

 別に知った所で俺がどうこう出来るとは限らないしな。


「そっか、なら良いわ。また今度、話たくなったら聞くことにする。それよか、どうやって門を出るか聞いてなかったな、教えてくれよ」


 あぁそうでした、そんな事を言ったので忘れていたのだろう。


 ホント、名前といい、これといい、肝心なことを忘れ過ぎではないか?


 もしかして、もうボケ始めてたり。

 だとしたら、相当の重症だな。

 もしかしてあっさり殺しちゃうのもその影響だったりして!


 …………まぁ、そんな事無いよね。

 それよりも方法だ。


「んで、どうやって出るんだ? それなりにあっちも警戒してるだろ。なんか、視線を逸らすやり方があるのか?」


「えぇ、そうでなくてはわざわざ助けたりはしませんよ。いやでも、もしかしたらなんの勝算が無くても助けたかもですが……」


 そんな、状態で助けられなくて良かった。

 俺が心の中で人知れず安堵していると、そろそろ着きますので簡単な説明をしたら早速本番でも良いですよね、っとそんな事を軽く……


「言ったらダメだと思うのだが」


「えっ? 何がですか?」


 おっと、心の声の続きをうっかり口に出してしまった。


 しかし、それは適当過ぎやしないか。


 それで、俺の命がどうなるか決まるのだよ。無論そっちのも。


「いえ、簡単な説明だけで大丈夫ですよ。第一この方法で柳田さんは脱獄出来たのですよ」


 …………? どういう事だ?


「ほら、牢獄の前で言いましたじゃないですか。……もしかして忘れたのですか? まさか柳田さん、もうボケ始めてしまったのですか! だとしたら、大変です。早い事この街を出て教会で診てもらわないと……」


「残念だが、まだボケてねーよ。ちゃんとお前が子どもみたいに駄々こねてるのを覚えてるから」


 さすがにあれは恥ずかしかったらしく、少し顔を赤らめ、反対方向に顔を向けた。


 ってか、病院じゃなくて教会に行くのかここでは。


 まあ、異世界だし。蘇生魔法はなくても回復魔法はあるんじゃないのか。


 大抵のゲームでも、教会が回復とセーブポイントにもなってるし別に変ではないか。


 変なのは教会のくせして、人を生き返らすのに金を払えと言う神父だけだ。

 こっちは世界を救うのに奮闘してるんだ、タダでやれ、タダで。


 そもそも国の王様も、一人の勇者に行かすじゃなく、国を挙げて兵を出せ。もちろん冒険者も全員かりたたせて。


 そうすればすぐに魔王を倒せるのにと常にゲームをしながら思ってた。


 それでは、ゲームの意味もないのだがな。


 閑話休題。


「それでなんて言ってたんだ。あの時の言葉一文字、一文字、正確に覚えてないから。あまり、そんな余裕も無かったし」


 そう言うとこっちに向きなおり、軽く咳払いをして話始めた。


「あの時、私がやったのは兵士達の注意を別のところへ逸らすために事故を起こしたのですよ」


 事故? あぁ、そう言えばなんか大きな音がしていたな。あれは事故の音だったんだ。


「しかし、事故を起こしたってどうやったんだ。そもそも何を事故らせたんだ」 


「事故らせたのは馬車です。むしろ、それ以外に何があるのですか」


 それ以外と言えば、自転車とかくるm…………あっそうだ。こっちにそんなものは無いのだ。


 ついあっちの感覚で話してしまう。


 まあ、仕方ないよね。今日来たばっかだし。


 それでどうやれば事故るのか。


 急に馬車の前に飛び出して、無理あり急ブレーキをかけさせるのか?


 車ならいざ知らず、馬車なんかは結構見渡し良いと思うから横転せずにギリギリで止まりそうだが。


「心配は入りません。普通に私が横を通れば良いだけですから」


 うん、よくわからん。

 まったく説明にもなっていない。


「ですから、私が横を通れば良いのですよ。もう、門の広場に着きましたから準備して下さい、といっても門の近くに立っていれば良いだけですので」


「いや、ホントにちゃんと説明してくれない。何も分からずに待つのは結構怖いから」


 別に不安な要素は無いのにと、不満なようすながらもちゃんと説明してくれた。


「分かりました、お教えしますよ。別に大した事ありませんよ、ただ車輪を斬るだけですので」


 車輪を斬る?


 いや、さすがに無理があるだろ。 

 木で出来てる車輪と言えどもそれなりの堅さはあるよ。


 事故ってもしや、車輪を斬られた事でバランスを崩しての転倒という事なのか?


「何ですか、胡散臭いものを見るような目は。ならば、ちゃんと見ていて下さい。私がキレイに斬り捌くので」


 そんな、物騒なことを…………いや、実際に物騒なんだが、そんなことを言いながら馬車が置いてある方へと向かった。


 馬車は一塊に置かれており、等間隔でスペースが空いている。


 駐車場みたいなもんか。


 しかし、斬るたって何で斬るんだ。腰には刀も差していないし。


 そんなことを思いながらリゼの方を見ていると、馬車の間を通り抜け見えない所まで行ってしまった。


 しっかり見とけと言いながら、見えない所まで行くとか頭悪いのか。


 見た目は勉強ならなんでもいけそうなのに。


 軽口を叩きながら待っていると奥の方で何か大きな音がした。


 おっ、リゼが馬車を倒したのかな。


 すると、また大きな音が聞こえた。


 ほう、もう一つ倒すんだ。



 再び大きな音が聞こえた。




 あれ、さすがに三つは多くない。




 すると、再び。また、再び聞こえた。


 だんだん音の間隔が狭くなり、音が近づいてきた。


 多くない!ねえ、多すぎない!


 砂ぼこりも大量に舞い上がり始め、馬車が倒れるのもバッチリ見えている。


 すると、砂ぼこりの中から束ねた髪を翻しながら颯爽とリゼが現れた。


 リゼのすぐ後ろにあった馬車が倒れると、隣の馬車にも当たり、ドミノ感覚でどんどん倒れていった。


 そんな事は気にせず、手で汗を拭いながら悠々とこっちに歩いてきた。


 その間に、もう片方の手で持っていた、大きめの、先端が反り上がった鉈のようなものをコートにしまった。


 あの鉈で斬り刻んだのか。


 それよか、あの鉈をずっとコートに仕込んでいたのかよ。結構な重量があると思うのだが。

 俺が軽く引いていると、リゼは楽しそうに話かけてきた。


「柳田さん、ちゃんと見てましたか。今回は初めて人に見てもらうので少し張り切ってみました!」


 うん、そっかー。張り切ったんだー。


「見てください。あまりに急な出来事ですので、門番の兵士が二人とも馬車に駆け寄ってますよ。今なら通り放題ですので早く行きましょう!」


 確かにこれで無事にこの街を出れると思う。


 だが、やり過ぎだろ。

 何人か下敷きになってるんじゃないか?


 残虐姫、残虐姫ね…………


「何をしてるのですか、早く行きますよ」


 リゼが早く、早くと手招きしてくる。

 見た目は普通以上の同年代女子なんだけどな。


 誰もこんな見た目の人が、大量に人殺したり、馬車の車輪を叩き斬るような人物だとは思わないなだろう。


 防犯カメラも無い以上、これ一生捕まらなくても不思議じゃないな。


 俺はリゼの後を追い、門を誰にも文句を言われず通り抜けた。


 いまだにあっちでは騒いでおり、どんどん野次馬も増えてきている。


 そりゃ、見に来るか。


 なんせ、大量の馬車が倒れていったのだからな。


 それを俺より少し背の低い体躯でやってのけた少女って。


 ひょっとして、相当ヤバいのに絡んでないか、俺。


「柳田さん、いくらこちらに目が向いてないからと言っても急ぎますよ。あまりゆっくりし過ぎるとさすがに誰かが気づかねないので」


 ホント、こんな状況なのに楽しそうだな。

 羨ましいよ、その図太い神経が。


 どんなにヤバかろうと、俺から見たらただの自分勝手な人間にしか見えないな。


 だとしたら、今はそんな人間って事でいっか。態度を変えたら逆にヒドイ目にあうかもだしな。


「よし、リゼ。そろそろ自分の荷物は自分で持ってくれないか。何気に重いのだがこのトランク」


「良いじゃないですか、しばらく持っていて下さいよ。それに重いのは当然です。色々入れてるのですから」


「なら、荷物減らせ」


「無理ですわ」


「いや、せめて減らす努力をしてから言って」


 そんな事を言い合いながら、俺達はこの街を後にした。

 もう、日はどっぷり暮れ。月が地面を照らし始めていた。



   ーーーーーーーーーーーーー



「ちなみに次の街までどれくらいかかりそうなんだ?」


「二時間程ですわ」

 




 …………………………えっ。


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