それは全ての始まりでした

第一話

 その公園には珍しく人が一人いるだけであった。


 いつもなら近所の小学生が集まっていたり、老人が散歩の休憩に立ち寄ったりしているのだが、今はその誰もがいなかった。


 この公園にいる人物は、高校の帰りである、柳田國広やなぎだくにひろ、つまりは俺だけであった。


 今日、学校は午前中終わりであったため、午後の予定がまるまる空いたのである。


 なのでこうして、これからなにをすればいいのかブランコに座りながら考えているのであるが……


 もう、ここで考えてから一時間ほど経っているが何も浮かばないのである。


 だから、こうして小説冒頭の語り風に考えて気分を盛り上げようとしているのだが全く効果はないようだ。


そもそもこれは、語りとしてあってるのか、そこもどうかはよく分からなかった。


 …………うん、もう普通に考えよう。


 さてと、これからどうしたものか……


 普通こういう時というのは、友達と、もしくは彼女とどこかに行くものなのだろうが、残念ながら俺には彼女も友達もいないからな。


 となると一人でどこかに行くというのもあるが、今行きたい場所もないし、あったとしても金がない。ということでこれも却下。


 あとは、家に帰って本を読むという手もあるが……


 読み終わっちゃたんだよなー、ちょうど昨日に。


 もうこれはあれだな、家に帰って寝よう。

 それが一番いい。

 

 ていうかこれに行き着くまでにどれだけ時間をかけているのだよ。


 まぁとにかくやることは決まったんだしさっさと帰るか。


 そう思い俺はブランコから立ち上がろうと……



「そこの君、ちょっといいかな」



 してる途中に突如後ろから声をかけられ、危うく転びそうになったがなんとかこらえた。


 えっ、なに、警察!


 すいません、俺はまだなにもやってません!


 いや、これからやるわけじゃ……いや、やるかも知れないけど、まだ俺はやってません!


 俺が脳内でよくわからない弁明を繰り広げながら、声がした方に視線をやるとそこに、警察は立っていなかった。


 代わりに立っていたのは、黒いボロついたコートを羽織った男が立っていた。


 おそらく外国人であろう。顔は白く、痩せこけていた。


 その、男は俺に向かい笑いながら話しかけてきた。


「いや、すまない。別に驚かすつもりはなかったのだよ」


 はっ、はあ。

               

 なんだこいつ……てか、めっちゃ日本語、流暢じゃねえか。


「いや、なに君に話しがあるのだが……まあ、立って話すのもなんだ腰をかけたまえ」


 そうして男はさっきまで座っていたブランコを手でさした。


 俺は怪しがりながらも、ゆっくり元いた場所に座り、男はその隣に座った。


 顔色の悪い外国人と目が腐った高校生の二人がブランコで肩を並べてるこの状況を他人が見たら絶対びびるな。俺もびびると思う。


 ……しかしこれはどういう状況だ?


 そんな考えが伝わったのか男は口を開いた。


「君はこの世界をどう思ってるのかな?」


 …………はい?


「えっ、なんすかそれ。どう答えればいいっすか?」


「いや、別に難しく考える必要はないよ。

 君が思っていることをそのまま言葉にしてくれればいいのだよ」


 いや、世界がどうこう言ってる時点でだいぶ難しい話だと思うのだが。


 難しくない世界の話ってなんだよ。こんな感じか。


『くっ、怪しい風がふきやがった。どうやらまた世界がざわつき始めやがった……』みたいなことなのか。


 …………うん、絶対違うよね。


 一体この人は何を聞きたいのか。


 じっと見ても楽しそうに笑っているだけだ。


 こんな話を笑ってするのかよ。


 本当に自分が思っていること言うだけでいいのかよ……


 だとしたらもう、答えはきまっている。


 俺は少々嘲るかのように悪人ぶった顔をして話はじめた。 


「別にどうでもいい存在、それが世界だな」


「ほう、それはどうしてだ」


 男は楽しそうに聞いてくる。


「簡単だ。俺がもしここで何かを訴えたとしよう。それで一体、世界はどうなると思うか。何も変わりやしないのだよ。せいぜい、東京のある公園で高校生が大声で絶叫、って報道される位じゃないか」


 しょせんそんなもんだ。俺達は世界とつながり、関わっていると誰もが思っている。


 だが、それは違う。


 本当に世界と関わっているのなら、近くの友達と愛想笑いをし合う必要はないうえ、お偉いさんにペコペコ頭を下げ、接待なんかする必要はさらさらないわけだ。


 世界なんて大きなものに関わっているのなら、そんな小さなものなんか気にする必要はないはずだ。


 だからそれが出来ていないということは、世界とは関わっていないということになる。


 無論、俺自身もだ。


 だから、世界どうこう語る必要はないわけで、語ったところでどうこうなる訳じゃあるまい。


 なので、世界なんてどうでもいい。

 考える必要も語る必要もなしさ。 


「なるほどね……君はなかなか面白いねぇ……」


 やっぱりこの人は変わっている。普通こんなこと聞いたら、何を言っているのだ! もっと自信を持て! なんて暑苦しいこと言ってくるものだぜ。


 さすがにあれは鬱陶しかったぞ、中学の体育教師。


「うん、そうだね。君に決めた」


 えっ、なんすか。そのどこかのトレーナーみたいなセリフは。


 そんなことを思っていると男はコートの中から何かを取り出し俺に差し出してきた。


 それは大分と年季の入った分厚い本だった。


「あっ、あのなんすか……これ……」


「いやあね。私はずっとこれを持つに相応し人間を探してたのだよ。今までいい人がいなかったのだが……やっとみつけたよ」


「はっ、いやえっ?」


「ハハァ、急に言われてもよく分からないだろうが、それは追々わかってくれたらいいから、とりあえずもらってくれたまえ」


「いえ、今わからせてください。お願いですので」


 なんと滅茶苦茶なことを言ってんのこの人は。


「ふむ……ここで多くを話してしまうとこれの価値がわかった瞬間の感動が薄らいでしまうからね……」


 そういい男は顎に手をあて難しい顔している。


 いや、こっちとしてはなんかよく分かないものを、こんな怪しい人から何の説明もなしに渡されたら戸惑うことしかできないのだが。


 ってかすでに軽く戸惑ってるし。


「ふむ、じゃあ簡単に説明しようか」


 どうやら男は説明してくれるらしい。


 まあ、別に説明聞いたからってその本をもらうかどうかは関係ないけど。


 だってまだもらうとは一言も言ってないし。


 でもこれがなんなのかは気になる。説明は聞いておこう。聞くだけはタダだし。


「まず、私は探していたのだよ。この本を持つにふさわしい人物をね」


 ほぅ、ふさわしい人物ね……


「そのふさわしい人物とは正義感や悪意を持たないことなのだよ」


「つまり、俺に正義感も悪意も持ってない人間に見えたのか?」


「ああ、そうだよ」


 ……あっさり肯定された。


 滅茶苦茶、爽やかな笑顔で言われた。


 軽く皮肉混じりに言ったのに肯定された。


 なんか聞くの嫌になってきた。


 タダだと思っていたら凄い勢いでパンチがきた。


 もう、聞くのやめて帰ろうかな。


「なぜ、そのような人間でなきゃダメか、言った方がいいかな?」


 いや、もう別にどうでもいいような気分なんだが、でもなんだか話したそうだから聞いてあげようか。


「あぁ、頼む。教えてくれ」


「わかったよ。なぜ、そんな人間でなきゃダメかそれはね……」


 男は一旦間を開けた。その時の男は、さっきまで見ていた笑顔の中で一番いい笑顔でこう言った。


「これが、人を、国を、簡単に殺すことができる魔導書だからだよ」


 ………………はっ?


 えっ、何、魔導書?

 魔導書ってあれだよな。なんか、魔法を使おうとしたら宙に浮かんで、高速でページが勝手に捲られるやつだよね。


 それが、これ? こいつが持ってる本がその……あれなの?


 ってか、この現実世界で魔導書って……


 ごめんさっぱりわからん。


 そんな訳で俺は、何言ってんやがんのこいつ? 的な視線を向けているというのに男は楽しそうに続きを話だした。


「信じられないとは思うが、これは正真正銘の本物だから安心していいよ」


 いや、本物なら尚更安心できないですけど。


「そして、この魔導書を持つにふさわしいのが君だったと言うわけだ。さぁ、受け取ってくれ」


「いやいや、ちょっと待ってくれ!」


「どうしてだい?」


「いや、『どうしてだい?』って、そりゃいきなりそんなこと言われたらこうなりますよ……ってか、なんで俺何ですか……」 


「それなら先ほど、言ったと思うのだが?」


「いや、確かに言ってましたけど……そもそも何ですかあの条件。そんな凄いものなら世界を救う者とか、世界を滅ぼさんとする者的な、そんな人とかに渡した方がよくないすか?俺にそんなもの渡してもどう使うかなんて分かりやしませんよ、本当に」


「だから、いいじゃないか」


 はっ? 何がだよ。


「君の言う通りだよ。正義感に溢れる者に渡したら良いことするのは当然さ。また、逆もしかり。そんなものつまらないじゃないか」


 つまらないって……


「そんな理由でこんな危険なものを俺に渡そうっていうのかよ。ていうかまだ、俺はこれが本物だとは信じてないがな」


 そういと男は呆れながらため息混じりに話始めた。


 んだよ、そのリアクション。ムカつくんだが……。 


「何を言ってるんだい君は。これは正真正銘、本物の魔導書なのだよ。まぁ、それでも君は信用しなさそうだね……はぁ、しょうがないか」


 何を言ってるんだいはこっちのセリフなのだが。


 そんな俺の思いなど露知らず、男は立ち上がり近くにあった手どちょうど同じサイズの石を拾った。


 何をするつもりなんだ。


 俺は相変わらず胡散臭いものを見るような目で男の行動を気にしていた。


 男は何かブツブツと何を呟き始めた。


 何を言ってるのかは分からなかったが、それが何か意味を持つ文章であることはなぜか分かった。


 やがて、その言葉らしきものを言うにつれ辺りの空気が変わってきた。


 さっきまでの穏やかな昼の雰囲気はどこへやら、今のこの公園には謎の緊急感で張り詰めていた。


 えっ、何この感じ……もしかしてこれマジなやつじゃないか……


 そう思った、瞬間だった。


 男が持っていた石は、光ったり、凄まじい衝撃波を放つでもなくただ静かに、一瞬で塵になり風に吹かれてどこかに消え去ってしまった。


 消え去ったと同時に、先ほどまであった謎の緊急感はなくなり、俺が来たときと同じような穏やかの雰囲気に戻った。が、俺は目の前で起こったことが理解出来ずに呆然としていた。


 明らかに今のは手品だ、なんだでは説明がつかないものである。


 マジかよ……なら、さっきの話も全部、事実ってことになるじゃないかよ……


 俺はゆっくりと男の方を見たが、依然として楽しそうに微笑みながらこちらを見ていた。 


「さて、これで私の話が本当だと信じてくれるかな。本来なら君がこの本で魔法を使って驚いて欲しかったのだがね……」


 そこで男は一旦区切り、懐にある本を先ほどまで座っていた場所に丁寧に置いた。


「じゃあ、これより君にいくつかの選択肢を用意しよう」


 そうして、男は俺に分かりやすいようにするためか、手で数字を表しながら説明した。


「一、『この魔導書を使い良いことをする』二、『この魔導書を使い悪いことをする』三、『このまま魔導書を置いていく、もしくはどこかに捨てる』そして、四、『これに載ってる呪文を使い、別世界へ行く』」


 それで、説明が終わったのか男は手をゆっくりと下ろした。


「まあ、別にこの選択肢の中から無理して決める必要はないさ。なぜなら決めるのは君自身なのだから。つまり、君は五つ目の選択肢も持ってるということも忘れないように」


 それをいい終えると、俺に向かい何かを投げてきた。


 それは、ネックレスだった。緑色で細長く、4cmほどの大きさでキレイに整えられた石がついていた。


「それは、君がどんな選択肢を選ぼうとも役に立つだろう。大事に取っておくように」


 俺がこのネックレスがなんなのか気になり見ているとそんなことをいってきた。


「それじゃあ、私は行くとしよう。君の選択、楽しみにしてるよ」


 そんなことを男は言い……


「って、ちょと待った。まだ、聞きたいことが……」


 あるんだよ、っと続けようとしたがそれは無理だった。なぜならもう、男の姿はどこにも無かったからだ。


 さっきの一瞬でどこかに行くとか……何者なんだよ本当にさ……


 俺は隣に置いてある魔導書とやらを見つめ、少し考えてから立ち上がった。 



 とりあえず、このあとの予定は変更する必要があるな。


 そう思い、俺は本をカバンの中へ入れ、一旦、家に帰ることにした。

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