効率化とギブ&テイク

 宇部から誘われたオープンファームという行事が今週末に行われるらしい。農学部の畑なんて人間学部で普通に学内を歩くだけではまず足を踏み入れることがない場所だ。それは経済学部にしても同様で。

 大学祭が終わり部活を引退して1週間。きっちり1週間ぶりに顔を合わせた山口は、先週の言葉通り髪が黒く短くなっていた。イケメンはどんな服でも、どんな髪型でも様になるのが心底ズルいなと思う。

 それはそうと、山口も宇部からオープンファームに誘われていたそうで、せっかくだから一緒に行こうよと声を掛けられたのだ。断る理由もないし、戦争だと聞いているから戦力は多い方がいい。と言うか、俺は真正面から勝負していちゃ生き残れる気がしないのだ。


「――というワケで、事前に宇部からもらっておいた会場の見取り図だ」

「えっ、なんか既に印してあるね」

「今回、俺はリアルに備蓄が切れそうな米を狙いたいと思っている。それから、これから煮込み料理などに需要のあるキャベツと白菜。それなら豚肉も外せない」

「欲張りすぎじゃない?」

「だからお前がいるんだろ」


 オープンファームは大学の学生全体に向けた行事と言うより、農学部と地域の人にとっての一大イベントなんだそうだ。新鮮な農産物や何かを格安の値段で入手出来るとあって、近所の主婦さんの熱気がすごいらしい。

 そんな中に真正面から突っ込んでも運動能力の高くない俺はまず負ける。だから頭を使うのだ。そしてこちらには走力と体力が凄まじく高い山口がいる。山口に開場ダッシュを決めてもらえば年明けの福男よろしく欲しいものは確実に獲って来れるだろう。


「えっ、って言うか完全に俺を当てにしてる感じだね? 顔見知りの朝霞クン」

「お前まだその件根に持ってたのかよ。それはいいから話の続きだ」

「はいはい」

「これまでの傾向から、人が殺到して通れなくなりそうなのは野菜が密集しているこの道と、畜産の……と言うか肉だな。それから米」

「うーん、やっぱりお米は人気なんだね」


 宇部からの情報を元に、どう走れば早いかのルート取りはあらかじめ済ませてある。最短距離を取ろうとするのではなく、時として回り道をした方が目的地に早く着くだろうとは宇部談。そして米が欲しいなら開場ダッシュは必至だと。


「というワケで山口、お前は開場ダッシュで米を頼む。米をゲットしたら、そこからこう走って豚肉を」

「重いもの抱えて激戦地に突っ込まされる感じ?」

「お前の走力に賭けた。ちゃんとゲット出来たらじゃこ飯のおにぎりでも作ってやるよ」

「朝霞クンのおにぎりとか貴重じゃん。じゃあ頑張ろっかな」

「で、俺はキャベツと白菜を獲りに行く。キャベツと白菜は同じ区画で売っているそうだ。畜産ブースに繋がる道を避けて、こう回って来ればいくら俺の走力でも取りこぼしはないだろうと宇部が」

「って言うかメグちゃんて朝霞クンの走力って言うか身体能力知ってたっけ?」

「ほら、前に農学部の球技大会に向けてとかでソフトボールとサッカーの練習しただろ。あの時にバレた」

「ああ、そんなこともあったね」


 余談だが、農学部では春に学部の球技大会という物が行われるそうだ。こう聞くとさらに農学部の特殊さを思い知るワケだけど、そのコーチを山口が頼まれてたということがあったんだ。ソフトボールはともかく、サッカーなら山口に聞けばまず間違いない。

 おまけ程度に俺もそれを見ていたんだけど、練習に付き合わされた結果運動音痴が過ぎて全く役に立たなかったとかいう。まあ、宇部も似たようなレベルだったから練習相手としては悪くなかったと謎フォローが入ったがそれも哀しかった。


「あー……朝霞クンがじゃこ飯のおにぎり作ってくれるなら、俺は米と豚肉をゲットしたら……こう回って、卵獲りに行こうか」

「えっ、行けるのかよ。いや、獲れたら嬉しいけど無理はしなくていいぞ」

「朝霞クン、獲れる物は獲りに行かなきゃ。もし卵ゲット出来たらじゃこたまごかけごはん作ってあげる。だから朝霞クンもミルフィーユ鍋と塩キャベするのに葉物頑張ってね」

「マジか、めっちゃ頑張る」

「でも実はやる気でしょ? メグちゃんに攻略のヒントもらいに行くくらいだし」

「まあ、せっかくだしな」


 どうせ戦場に飛び込むならば、少しでも戦果を挙げたいと思うのは自然だろう。戦場に飛び込むことに不安になるのもまた自然なこと。しかし、負け戦をするつもりは毛頭ない。負けるための戦いならば、山口を投入することはない。俺は勝ちに行くんだ。何故ならここ最近バイトが出来てなくて食糧難だからだ!


「宇部にはちゃんとヒントに対する謝礼もしたしな、これでイーブンだ」

「謝礼って?」

「『紅の豚』のDVDを貸してくれって」

「メグちゃんにジブリなんて見る趣味あったかなあ」

「何か、学部での相棒が先週金ロで見れなかったっつって喚いてたらしい」

「あー……好きな人は好きだもんね」

「よし。じゃあ門の前に行くか」

「そうだね。朝霞クン、生きて会おう」

「ああ。お前も、死ぬなよ」

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