比良坂 哀 Ⅹ(1999.7.1)「首」※挿絵あり

 あかい――

 朱い、世界。ヒドラの世界。

 

 ヒドラの世界は、朱色あかいろでした。

 私は今、ヒドラと同じ世界を見ています。

 私の目はヒドラの目で、私の頭はヒドラの頭でした。

 それはなんて、素晴らしいことなんでしょう。


 でも、どうしてこんなに朱いのでしょう。

 この朱は――血?

 ヒドラの血?

 ヒドラが今までに流した血。奪われてきたモノ。


 首。

 八つの首。


 ――剣山


 ああ、


 ――熱田神宮

 ――十和田湖


 ヒドラの記憶が……渦巻き、流れ、濁流のように、押し寄せてきます。


 ――高野山

 ――宇佐神宮


 私の記憶を押しのけて。


 ――伊勢神宮

 ――剣璽の間

 ――大和神社


 私の頭が、ヒドラの頭でいっぱいになって――

 が、私の頭の中から、こぼれ落ちていきます――



 ――哀や……

 ――こん鍵ゃ……岩屋ん中の祠んたい……


 これは……?

 私の記憶?


 ――うちら…熊襲くまそは、昔っから迫害されてきた……きっと、こんからも……


 おばあちゃんの、記憶。


 ――死にたけりゃあ、死ねばええ……ばってん、生きたきゃあ……生きれぇ。嫌やな事も壊して、他者を喰らってでも、生きりゃあ、ええ……


 おばあちゃんの、最期の言葉。


 ――だけん、今日まで生きててん……


 ああ、今、思い出しました。

 今、わかりました。

 おばあちゃんが、どうして私に、鍵と勾玉を渡したのか……。

 どうして私を、ヒドラと出会わせたのか……。


 ――だけん、哀……あーた、も……


 ――生きれたたかえ


  *   *   *


「まだ、足らんのね……」


 私は私に問いかけます。


「奪われたもんを、取り戻すために……」


 私は私に確認します。


「私たちが、生きるために……」


 私は私に応えます。


「あと、八つ……!」


 だって私は、ヒドラなのですから。

 だってヒドラは、私なのですから。

 だから、私たちは――


「戦おう」

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