御神本 往人 Ⅺ(1999.7.1)「ナミと比良坂」※挿絵あり

 そういえば、ナミはあれからどうしただろうか……。

 確か、猟友会の人を呼びに行くと言っていた。

 無事、だろうか……。


 ナミは、凄い。

 だって……僕は、逃げてしまった。


 こんな僕が言えることではないけれど……無事であってほしい。素直に、そう思った。

 たとえ今の帰結が、ナミの自業自得だとしても――彼女に何かがあった場合、それはきっと、僕の責任でもある。

 さっき、逃げてきたことだけではない。


 僕はずっと、逃げてきた……。

 比良坂から、ナミから……家族から、そして、ヒドラから……!


 それでも、比良坂は、



 瞬間、地面が揺れた。


 地震?

 いや、まるで……巨人が大地を叩いたような、大きな、一回の衝撃。


 今はその残滓ざんしのような、地響きと空気の振動が残っているだけだった。

 噴火? 隕石の落下?

 それとも――


 その時、唐突に扉が開かれた。

 兄ちゃんが帰ってきた。


「オイ! わかったかもしれんぞ、ヒドラの正体――」


 兄ちゃんは、衝撃的な言葉を携えてきて帰ってきた。

 だが、僕の意識は兄ちゃんからはうに離れていた。

 僕の目は、耳は、意識は、ただ窓の――窓の奥の景色の一点に――吸い寄せられていた。


「――ってか大丈夫だったか!? 今の地震――」


 山が、木々が、揺れている。

 ざわざわと、がさがさと。

 そのざわめきに呼応するように、無数の鳥が飛び立っていく。

 満月の光に、黒いシルエットが舞い回る。


 山から離れていく――逃げるように――


「おい、どうした――」


 気づいた時には、窓の前に立っていた。


 は、ゆっくりと姿を見せていた。

 最初は、山の一部に――木々の揺れの一つに見えた。

 だが、は……樹木よりも、山よりも、大きかった。

 

 黒い、おおきな、影だった。 

 月の逆光に、の姿が映る。


 そんな、馬鹿な――

 だって、は……こんなかたちではなかった!

 


 成長、した……?

 いや、これは――


「進化、してる……?」


 


「ヒドラ……いや」


 もう一たび、ずうんと大地が小さく揺れた。

 山は揺れ、木々は砕け、鳥は飛び立った。


 歩いている。


 

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