第31話:大志の行方
「さて、ついにこの日が来たか」
「お兄ちゃん、ついに今日なんだよね?」
「ああ」
あれから三年が過ぎた。
俺は特別支援学校の先生を目指していたが、度重なる実習の中で気持ちが変わっていき、今では高校の先生として勤務している。
紗枝は医者を目指し支援学校に通いながら医学の勉強をしている。
足の具合も日に日によくなっているらしく、歩ける日が来るかもしれないそうだ。
「じゃあ紗枝、行ってくるよ」
「うん、お兄ちゃん、行ってらっしゃい!」
俺は玄関の扉を開け、高校に向かう前に隣の家に訪ねた。
「春々―、ちょっといいかー」
俺は春々の部屋に向かって大声で叫んだ。
すると春々はダッシュで玄関のドアを開けた。
「なにかしら?」
「今日は紗枝がそっちに見学しに行くらしいからな、紗枝のこと頼んだぜ」
「ええ、任せて」
春々は結局介護体験実習で行ったあの施設に就職をした。
毎日忙しく、しかも上司が森野さんだからとにかく大変らしい。
しかも恐ろしいことに森野さんは今施設長候補になっているらしい。
「じゃあ俺は行ってくるよ」
「ええ、教也くん、大志を広めてあげてね……咲花ちゃんと」
「ああ、ありがとうな」
いまだに春々は俺のことをすごい気にかけてくれている。
でも春々ならきっといい人と一緒になれるだろう。
俺はその時を見届けるために春々のそばにいよう。
最高の幼馴染として……
「さて、もうちょっとで学校に着くな」
俺は春々と別れた後、少し早歩きで学校へ向かっていた。
それは俺自身今日を待ち望んでいたからかもしれない。
「教也先生、おはよう!」
「おお、ミサか、今日は遅刻してないんだな」
「いつも遅刻してるわけじゃないよー!」
荒木ミサが俺に挨拶をしてきた。
教育実習で担当した子だったが、あの後大志に感化され俺と同じ高校に入学し、教師を目指しているらしい。
俺としては一番うれしいことだ。
「てか今更だけどミサ、今日日直だよな?」
「あれ、そうだっけ?」
「いや、絶対にそうだろ。相方がかわいそうだから早く行ってやれ」
「うん、じゃあ教也先生、また学校でね!」
嵐のようにミサが去っていった。
ミサももう高校三年生だ。
来年にはきっと立派な教師として生徒たちに大志を抱かせてくれるだろう。
「大志が世代を超えて受け継がれていくっていうのはいいものだな」
美佐子先生から俺へ、そしてミサへ。
それはまるで俺が経験した教育実習のリレーのようだった。
「てか俺も早く学校に向かわないとな」
俺はいつの間にかゆっくりになっていた歩みを速めたのであった。
「はあ、やっと学校に着いた」
しばらく歩いて俺は学校に着いた。
三年前も通っていた母校なのに疲れているのは年のせいなのだろうか?
「とりあえず職員室でコーヒーでも飲むか」
俺は職員室のドアを開け、自分の席へ向かった。
その途中、懐かしいやつを見つけた。
「あれ、なんでお前がここにいるんだ?」
「相変わらず無礼なやつだね、君は」
カイトが職員室でコーヒーを注いでいた。
カイトはここで働いているわけではないので少し奇妙に思えた。
「何しに来たんだよ、不法侵入か?」
「……久しぶりにやるかね?」
俺とカイトはにらみ合う。
なんだかこの光景も随分懐かしく感じた。
「まあもうそんな年でもないしやめとくよ。でも何でここにいるんだ?」
「今は出前授業の期間だからね。僕が代わりに行っているのさ」
「ああ、なるほど」
カイトは金岡先生のもとで働いている。
次期後継者として、金岡先生がやっていたことを徐々にカイトがやっているのだ。
「お前も籠の中から大空へと羽ばたいているな。これも星海のおかげだな」
「ああ、全くその通りだよ」
星海とカイトは結局卒業後に交際を開始していた。
星海は現在大学三年生で、再来年に教師になる予定らしい。
あの時と違い星海の英語能力は非常に高くなっており、俺も負けてはられない。
「また星海にも言っといてくれよ、あの時のメンバーで飲みに行こうって」
「ああ、もちろんだとも」
友と話していると時間はとても早く過ぎていく。
俺は名残惜しいが、時間がないのでカイトに別れを告げた。
「じゃあ授業頑張ってくれよな」
「平こそ、咲花ちゃんと仲良くしたまえよ」
俺はカイトと別れ、校長室へと向かった。
そのドアの前に待っている人物はの最愛の人だった。
「教也、遅い、何してたの?」
「すまん、ちょっとカイトと話し込んでしまって」
咲花は校長室の前でだいぶと待ってくれていたようだ。
咲花も高校の教師として、この学校で勤務している。
「しかし、ついにこの部屋も解禁となるんだな」
「確かに、開かずの扉になってたしね」
校長室は基本的に校長先生しか入ることができない。
なので校長先生がいないと誰もその部屋に入ることができなくなってしまうのだ。
「でもそれも今日で終わりだと思うと嬉しくない?」
「ああ、そうだな。やっと時間が動き出すって感じだ」
今までも俺たちの時計が止まっていたわけではない。
しかし、何か心の中で物足りないものがあった。
しかし、それも今日までである。
「さあ、じゃあ行きましょう。新たな一歩を踏み出すために」
「ああ、そうだな」
俺たちは学校の裏門のほうへと向かった。
正門と違い、裏門は車が入ってくることができる。
俺たちは一つの車を待った。
「本当に、ここまで来たんだね」
「ああ、長かったような短かったような感じだな」
高校三年生の最初、俺はまだまだ教師としての器ではなかった。
しかし、いかだづくりを経て仲間の大切さを知り、模擬授業を通して人の成長というのを肌で感じた。
介護体験実習で命の儚さを知り、教育実習では自分の弱さを知った。
どれも俺の大切な思い出であり、どれか一つでもかけていたら俺は今ここにいないだろう。
今ここにいることを当たり前と思わず、感謝しよう。
「私もここまでいっぱいあった。まさか教也と付き合うことになると思っていなかった」
「まああんなにも嫌われていたもんな」
この世に百パーセントなんて存在しない。
どんな出来事にもわずかな可能性がある。
だからこそ俺たちは夢……、いや、大志を抱くことができるんだ。
「お、どうやら着いたみたいだぜ」
「ええ、そうみたい」
車が裏門から入っていき、俺たちの前で止まった。
ドアから出てきた人に俺たちは頭を下げた。
「お久しぶりです、そしてずっと待ってました、美佐子先生」
「お母さん、おかえり」
「二人とも、ただいま」
美佐子先生は目を覚ましたあの日から一生懸命リハビリをした。
しかし三年眠っていた代償は大きく、リハビリは過酷なものとなった。
だがそれを乗り越え、美佐子先生はついに今日教員として、いや、校長として教育現場に帰ってきたのだ。
「校舎を見るのはずいぶん久しぶりだわ……」
それもそのはず、最後に見たのは俺に英語を教えてくれた夏休み最終日だ。
感動するのも無理はない。
「美佐子先生、また大志を生徒たちに広げていってください、あの時のように」
「ええ、そうね。あの時の平くんみたいに私を待っている子がいるはずだわ」
美佐子先生の目はまだまだ若者のように光り輝いている。
本当に教育することが好きなんだと実感した。
「平くん、咲花、行くわよ! 彼らの未来のために!」
「はい、美佐子先生! これからもずっとついていきます!」
「うん、私も大志って嫌いだったけど今では好きになった。それはお母さんと教也のおかげ。最後まで二人についていく!」
美佐子先生はまだ杖を使って歩いている。
俺と咲花は先生の後ろについていった。
「教也」
「ん、なんだ?」
俺は咲花に肩をたたかれ、振り向くと咲花にキスをされた。
「咲花、お前!」
「ふふ、今日からまた新しい人生が始まる。これからも私のそばにいてね、私の王子様」
「咲花……ああ!」
大志は自分の中に芽生え、他者へと伝わっていく。
そして大志が芽生えたものはいつも目が輝いている。
今度は俺がみんなに大志のバトンを渡す番だ。
「少年少女よ、大志を抱け……」
俺は広い空に向け、そうつぶやいたのであった……
ふーあーゆー? 子竜淳一 @orora
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