第5話
ベルカが雑草を踏みしめて走っている。ベルカは鼻で、強烈な臭いを感じ、脳の働きが歪み歩調が乱れていた。
無理もないのは、そこかしこに内蔵が見える死体や頭の割れた死体があるからだ。今、踏みつけたのは子供の亡骸だ。今、踏みつけたのは大人の亡骸だ。今、踏みつけたのは誰かの腕だ。
頼子や樹梨が灰になったときは、臭いはなかった。ベルカにとって初めて嗅ぐ臭いだ。
――うぉん
雨の降りそうな空に向かって吠えた。残されたのは灰のみだった。さっきまで彼女たちがいた場所が、トイレをするように仕込まれた場所のようだ。目に強烈や明かりが差した。灰でさえ燃え上がるような、家々が崩れ去り天から注ぐ火が存在を丸呑みしていく。ベルカをして家を飛び出さざるを得ない有り様であった。火のついた材木が落ちてきた。一寸先ではぜて火の粉が散る。そのとき毛が燃え上がった。誰か動き続けている者はいないのか、頼子や樹梨はどこに消えたのか。ベルカは空に吠えた。疾走しはじめてことたったの数分だが、目玉はベルカを見逃さなかった。
「おい、無事か?」
銃を構えた成人男性が見えた。ユリヤは手をふった。男が体勢を低くして、ユリヤのもとまで駆けた。
「化け物は?」
「どこかに行ってしまってね」
ベルカだ、ユリヤはすぐに悟った。なぜかは分からないが、ベルカは自分を助けるために目玉の気を引いたのだ。
『……』『わかった。こちらは生存者を保護した』『……』
「どうやら、犬をターゲットにしたようだ。奴らが群れで襲っているそうだ」
ユリヤは助かったのだ。助かったのだ、自分は。ベルカに救われたのだ。
ほら、立てるか。男が手を差しのべた。ユリヤは手を伸ばす。
『対象、感染の恐れあり。速やかに対処せよ』
目の前には誰もいなかったことをユリヤは知らなかった。頭を銃弾が貫いたことも、腹から何万匹もの芋虫が流れ出たことも、知らなかった。
石礫の通学路 古新野 ま~ち @obakabanashi
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