第4話

走る。

とはいえ、ユリヤはただのユリヤであるため、ベルカのようなしなやかさはなく、体力を徒に消耗するだけだ。


泥は足をからめとり、地面の上を滑り転げそうな危うさがあった。足の踏ん張りが効かないのは、きっと恐慌のなかで精神が安定していないからだと悟った。転ぶと後ろには化け物がいる。じょわじょわとした不安が血管を流れるようで、足が震えた。


前方に目玉が浮遊していた。コモドオオトカゲもどきがあらわれるのかもしれないと警戒し、体を屈めて地をはう。ドドドと大型の車がやってくる音がした。ベルカを抱え、校門の方をみた。すると3体の見張りがいた。上空には目玉が行き交っている。鉛のような空を自由に飛び回り、では鳥たちはどこに行ったのだろうか。ユリヤの記憶が正しければ、ネズミや鳥は野生の勘が働いてカタストロフの前に逃げ出すそうだ。人は獣に劣るらしい。途方もなく疲れが押し寄せて、地面に座ると泥水が下着まで濡らした。傘の骨が折れてしまったのを見つけた。


肩だっていつの間にか上がらなくなっていた。この雨にうたれて熱でも出たのだろうか。それとも、驚いたときに無理な動かしかたでもしたのだろうか。とにかく肩があがらない。まるで関節の間に新たな骨ができたかのような不自由さである。リュックの中からタオルを取り出して腕にまいた。何がかわるか分からないが固定にはなるだろう。そうしていると、未開封のチーズがでてきた。冷蔵庫の中を片っ端から詰め込み膨れ上がった鞄であり、目当てのもの以外まで引きずり出されたのだ。臭いに敏感な犬が欲しがったらたまったものではない。落ちたチーズを拾い上げた。

ベルカが大人しいなと思い、傍らを見ると、どこにもいなかった。



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