第27話そして、闇を手に入れる 2

「たぶん、これが最後だと思う」


 本の中でリエットを迎えてくれたジークは、手をひいてリエットを先へと導く。

 その手は温かくて優しい。

 けれどその先へ進んでも戻っても、彼の手はいつか冷たく変わってしまうのだ。


「騎士アーベルは、闇と同化する……ってどういうこと?」


 リエットは本の中に入るために読んだ一節を思い出した。これから起るのは、その同化だろう。


「なんだろうなぁ。闇になる体験でもするのかな?」


 ジークは本の中に入る前のことが嘘のように、元のふわんとした雰囲気を取り戻していた。

 けれどリエットが心の波に耐えきれずに手をつよく握れば、彼も応えるように力をこめてくれる。


 それが嬉しかった。

 同時に哀しい。

 こんな風に手を握ってほしいと思うのは、父以来だった。側にいなくなったら、自分はどうなるんだろうと考えると怖い。


「ねぇジーク」


 ふと周囲を見回せば、辺りは闇に沈んでいた。


「え……」


 鼻の先も見えない闇。ジークの姿も見えず、リエットは焦った。

 が、足を止めると手をひかれた。


「手、つないだままだった」


 リエットは良かったと思った。でなければ一人きりにされてしまうところだった。

 まだ、ジークは傍にいてくれる。


「暗くなっちゃったね。これが闇と同化するっていうこと?」


 話しかけたリエットだったが、いつまで経っても返事がかえってこない。


「ジーク? ジーク聞こえてる?」


 不安になって、ついジークの手首をつないでいなかった左手でつかむ。するとジークは握る手に少し力をこめてくれた。

 確かにジークはそこにいる。


(落ち着け、落ち着け……)


 リエットは深呼吸をした。

 これは魔術書の試練だ。


 今までもジークと一緒に乗り越えてきた。

 今度は闇に同化すると言っていたから、こんなふうにジークの姿が見えないのだろう。声が聞こえないのも、関連した作用に違いない。


 とにかくリエットは歩くことにした。

 ジークが手を引いてくれているのだから、道の心配はしなくてもいい。

 しばらくはそうして耐えた。


 けれどだんだんと不安になる。

 いつまで経っても晴れない闇。聞こえない声。

 そのうちに、本当にこの手を握っているのはジークなのか、疑いそうになる。

 もし全く別な人の手だったらどうしよう。そう思うだけで、指先が震えた。


「なんかもう、だめ」


 どうにかしてジークの手の先だけでも見えないだろうかと、リエットは掴んでいた手を引き寄せる。

 腕を抱きしめるようにして頬が触れるほど近づいても、何も見えない。


 恐い。

 だんだんと足まで震えてきたリエットは、次の瞬間はっと息をのんだ。

 ジークが指を絡めた。

 しっかりと手が離れないよう結び合わせるみたいに。

 あいかわらず声も聞こえないけれど、その仕草がリエットを心配しているように思えた。


「うん……大丈夫」


 傍に居るんだと信じ直すことができたリエットは、ジークに答えた。そうしてから、もしかすると彼も自分の声が聞こえないかもしれないと気づく。


 ジークのおかげで平気になったと、伝えたい。

 でも手を握るだけでは、不安になったときと同じだからジークにはわからないだろう。

 その時思い出したのは、馬車の中でジークが指先に口付けたことだった。


 どうせ暗いからと思うからだろうか。恥ずかしいとは思わなかった。

 リエットはそっとジークの手を持ち上げ、彼がそうしたように指先に口づける。


 驚いて震える、ジークの手を掴み直した。うっかり離してしまったら、見つけられない。そんなのは嫌だった。

 でもすぐに彼は驚きを治めたようだった。


 立ち止まりそっと、もう一方の見えない手でリエットの腕を辿ってくる。

 輪郭を確認するように肩を撫で、そして抱きしめてきた。

 何度も感じてきたジークの暖かな腕の中に、リエットは泣きたい気持ちが湧き上がった。


(どうしよう)


 リエットは今になって苦しさの意味がわかった。


(離れたくない。いなくならないでほしい)


 一緒に戦っているつもりが、いつも自分を慰めてくれていた彼が……とても好きだと思った。

 けれどもう、彼を止められない。

 だったら……と、一つ決意する。


 リエットはきつく両目を閉じて、ジークの胸に額を押しつけた。

 すると頭を撫でられる感触がした。


「リエット」


 声が聞こえ、顔をあげた。

 とたんに目に飛び込んできた光に、リエットは眩しくて何度も瞬きする。

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