第28話そして、闇を手に入れる 3
いつの間にか、辺りは朝焼けの光に満たされたように明るくなっていた。
見上げれば、ジークが優しい笑みを浮かべてリエットを見下ろしている。
「リエット。一つ聞かせてほしいんだ」
「……何?」
「僕に、何か君の欲しい物を贈らせてほしい。だめかな?」
急に贈り物をしたいと言われて、リエットは首をかしげた。
「どうして?」
「君に……たぶん、僕を忘れないでいてほしいから」
ジークが死んでしまうから、だろうか。
「お礼なら要らないよ」
それはジークを死の道へと押し出したお礼だ。そんなものは要らない。だから断ったら、ジークは首を横に振った。
「君が、好きだから」
信じられない言葉に、リエットは目を見開く。
息が止まりそうだった。
好きだと思った人が、自分を好きだと言ってくれたのだから。
するとジークは照れたように笑った。
「だって好きにもなるよ。リエットはあんまりにも雄々しいんだから」
「え? 雄々しい?」
それは女性への褒め言葉だろうか?
告白に意識が舞い上がりかけたリエットは、我に返って眉をひそめた。
「僕に協力すると決めたら、君はそれを貫き通してくれた。僕が魔術書の試練を乗り越えるために、苦しいことに耐えて手を貸してくれた。それどころか、僕を守るために自分が犠牲になろうとして……」
繋いでいた手が離される。
少し寂しいと感じたが、その手はすぐにリエットの頬に添えられた。
「君が大切にならないわけがないんだ」
だけど、とジークは何かを耐えるように顔をしかめる。
「僕は君の傍にずっといられない。クレイドルを退けない限り、この国自体がなくなってしまう。君も、死んでしまう」
それからジークは言った。
「リエット、君が王都に居続けていたのは、家族を亡くして絶望して自暴自棄になっていたからだったね?」
「……」
リエットはうなずく。父を亡くして独りぼっちになったことを思うと、ますますジークを失うのが怖くなってくる。
そんなリエットに、ジークは教えてくれた。
「この闇の書を開けるのは、絶望している人間だけなんだ」
絶望した人間は、闇の術と引き合う。
「だから教えて欲しい。何をあげたら、君は生きていてくれるんだろう?」
その問いに、リエットは心臓が強く鼓動を刻む。
自分が生きていようと思えるもの。
それを、彼にお願いしてもいいのだろうか。
「ああ、でもこれじゃ、君に何かあげるんじゃなくて、僕のお願いを聞いて欲しいって言ってるようなものか……」
小さく自嘲するジークに、リエットは思い切って言った。
「ねぇ、それなら同じことを言ってもいい?」
リエットは一度歯を食いしばり、それから告げた。
「どうしたらジークは生きていてくれる?」
「リエット、それは……」
「無理だよね。ずっと私、ジークが死ぬために協力してきたんだもの。だから、これなら叶えてくれる?」
ジークを見上げて、言った。
「一緒にいちゃだめ?」
「……一緒に?」
「もう、一人で残されたくない」
初めて自分の気持ちを告げた。
ずっと鍵を掛けていた気持ちが、言ったとたんに扉をも全て壊して、あふれ出てきそうだった。
「大切な人がいなくなって、どうやったら生きて行けるの? どうしてジークまでいなくなっちゃうの?」
鍵が壊れてしまったせいか、リエットは子供みたいにだだをこねて泣き叫びたくなる。
「生きていてくれないなら、置いていかないで。好きだって言ってくれるなら、寂しくしないで。ずっと傍にいてくれるって言って。もう置いて行かれるのは嫌!」
「リエット……」
そのまま黙り込んだ彼を、リエットは睨むように見つめ続ける。
やがて根負けしたかのようにジークがぽつりと言った。
「本当は、君を一人になんてしたくなかったんだ」
「うん」
「本を開ける時点で絶望してるってわかってるのに、好きになった君を置いていったらどうなるのかって思うと不安で」
ジークは苦笑う。
「誰かに君のことを頼もうと思ってた。けど、自分の寂しさより誰かのことをつい優先しちゃう君のことを、きっとみんな好きになるんじゃないかって考えて。それは嫌だなって思って」
ねぇリエット。とジークは彼女の耳元でささやいてくる。
「僕は我慢してたのに。君を連れていってしまいたいって。それを本当に叶えてくれるの? そんなに僕に都合が良くていいのかい?」
「……うん」
リエットが答えると、ジークは頬に口づけた。
「じゃあ、ずっと一緒にいよう」
その言葉を聞いた瞬間、リエットは目頭が熱くなる。
もう闇に覆われていないのに、目の前の景色がにじむように解けて見えなくなった。
そうしてリエットは、久しぶりに自分が泣いているのだとわかったのだった。
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