第26話そして、闇を手に入れる 1

 次にやってきた場所は、見慣れない建物の中だった。

 筒のような細長い塔の内側に、らせん状に上へ伸びていく階段が見える。そして中央に垂れ下がる長い紐。

 紐はリエットのいる底まで届いている。


「鐘楼だよ」


 不思議そうに見ていると、ジークが教えてくれた。

 なるほど見覚えがあるはずだとリエットは納得した。小さい頃、聖堂の鐘楼に忍び込んだ時に同じようなものを見ていたのだ。


「ここは、リンデスティールより町二つ分は東かな」


 ジークは鐘楼の床に座り込んでいた。

 疲れ切ったその様子に、リエットは側に自分もひざをつく。


「魔法って、辛いのは瞬間移動だけなの?」


 王都からリンデスティールへ移動した時などは息が上がっていたが、先ほどの戦闘ではさして体にこたえた様子はなかった。


「あまりやりすぎると、さすがに足が震えて立てなくなるかも」


「こわく……ないの? 魔法は、辛くても死なないんでしょう? でも闇の魔術は……」


 彼はリエットと違い、沢山の物を持っている人だ。

 なのに、大事なものを置いていってしまえるのか。国を救うための、魔法を使うそのためだけに。

 ジークはうっすらと微笑む。


「こわくない……のかな。自分ではよくわからないんだ」


 質問を間違えた、とリエットは気付いた。

 彼は自分の辛さを実感できない人だった。だからいとも簡単に、自分の命を投げだそうとしたのに。


「家族は大事じゃないの?」


 そう尋ねたら、彼はようやく質問の意図をわかってくれたようだ。


「大事だよ。一緒にいられなくなるのは辛いって思う。だけどね、このままでは父上たちも殺されてしまう。でも、レーヴェンスには炎妖王の術を打ち倒せる魔術師はいなかった」


 そして息をついて続けた。


「誰かに死ねと命じるのは嫌なんだ。僕には辛さがよくわからないから。だから逆に、怖くはない自分がやればいいと思った」


 これで答えになってる? と尋ねられた。

 うなずいたリエットに、今度は僕が聞きたいと言われる。


「君は? 人が死ぬ手伝いをするのが怖いと思う? もう……僕の手伝いをしてはくれないかな」


 リエットは迷った。

 ジークが家族を救うには、魔術を手に入れる方法しかない。今ここでそれを止めたら……彼はますます自分の心を見失うことになる気がした。


 そして外国へ逃がされたら、今度こそ彼の心は壊れて、自分で自分を殺してしまうに違いない。

 それなら……同じかと思った。


「ううん、本は読むよ」


 答えを聞いてほっとしたのか、ジークは笑顔を浮べて本の中へと消えた。

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