それが最後だと言うなら、私はあなたと

第21話彼の望む未来には ３

　どこか楽しげなジークに手を引かれ、リエットは再び歩き始めた。

　が、道はどこまで行っても終わらない。

　途中で坂道が急になったぐらいの変化はあったものの、その後は周囲の木立の様子もほとんど変わらず、まるで同じ所をぐるぐる回っているようだ。

　えんえんと坂道を登り続けたリエットは、だんだんと息切れがしてくる。

「ねぇ、ジーク」

「なにかな？」

　ジークはまだ疲れた様子は見えない。基礎体力がそもそも違うのだろう。

「こう、もう少しがんばろうって、思えるような、話とか、ないかしら？」

　変わらなさすぎる状況というのは、やる気を削ぐ。発奮材料がほしくてジークに頼めば、彼はうなずいた。

「うーん、じゃあ楽しい想像をしよう」

　言い出したジークは、そのまま自分の妄想に入り込んでいく。

「まずはこの山の山頂だ。無事にたどり着くところを想像しよう」

「なんか。山頂まで行っても爽快に喜ぶって感じじゃなさそう……」

「でも、きっと闇の精霊というのもすごく優しい人で、ここまでよく頑張りました、謹んで闇の術を進呈しますとかって花輪と一緒に渡してくれるんだよきっと」

「どんな闇の精霊よそれ」

　ツッコミながらも、リエットの心が少し浮上する。

「でも、闇の術を手に入れたら、真っ先に戦場へ行くの？」

「そうだね。術を手に入れたら、この本からは出られるだろう。そうしたら元の世界へ僕も戻れることだし、急いで戦場へ行くつもりだ」

「私は……」

　そこでリエットは言葉につまる。

　ジークが炎妖王の術を手に入れたら、自分はどうするのか。敵を倒して、その後は？

　一人で、どうやって生きて行ったらいいのだろう。

　そう思い浮かんだとたん、リエットは恐くなる。だからとっさに思いつきが口から飛び出した。

「私も行きたい」

　リエットがそう言うと、さすがにジークは渋い表情になる。

「それは危ないよ。離れた場所で、無事に国が救われたって報告をきいてくれた方がいいんだけど」

「できれば、ちゃんと父の仇を討つところを見たいの。……実際はそんなことできないかもしれないけど、想像だから良いんじゃないの？」

　その後のことは、自分の目的を果たしてから考えるのだ。そうしないと、寂しくて苦しくて変になりそうな気分だった。

　一人で結果を待つ。だけどその後も一人のままになるだろう。そんなことは考えたくもない。

　するとジークは折れてくれた。

「まぁ……そしたらリエットも近くで見てるってことにしようか」

「で、闇の魔術ってどんなの？」

「僕もはっきりとはわからないなぁ。基本的に闇の術を使う人間ていうのがいないからね」

「そんなものなの？　あ！」

　話ながら歩いているうちに、少しなだらかな場所へ着いたようだった。

　ぜいぜいと息をつきながら見れば、少し開けた場所の隅から水音が聞こえた。ちかづいてみると、それは斜面から湧き出す水と、それを満たした小さな泉だった。

「ああ水！　本の世界だってわかってるけど、水飲みたい！」

　リエットは本能のまま泉へ向かって走った。ジークが制止していたような気がしたが、リエットの足をとめさせることはできなかった。

　泉の傍にひざをつき、リエットは泉の中を覗き込んだ。

　その瞬間――。

「ユーディー！」

　硬直したまま動けずにいるリエットを、後ろからジークが抱きしめ、引き離した。

　目に手が当てられ、視界を奪われる。

　それでもリエットの脳裏には、泉に映った光景が焼き付いていた。

　ジークと二人で見た未来。

　魔術を得たジークリードの力によって、炎妖王が闇に飲み込まれ、敵国の兵士達が次々と闇にむしばまれていく光景。

　これは先ほどまで『自分が望んだ』結果の先にあるものだ。

　こんな風に敵国の兵士を殺したいと願ったのは自分。実行をするはずのジークリードに協力していたのは自分だ。

（そうか）

　とリエットは思った。

　この魔術書の試練は、こうして何度も問いかけているのだ。

　闇を手に入れるということは、自らが闇に落ちる覚悟があるのかという事だと。

　国を救うためにという一見すると輝かしい目的の末に、何を犠牲にするのかから目をそらすなと言われるのだ。

　だからリエットは目をそらしてはいけない。

「辛かったら忘れるんだ。君までが試練を受けちゃいけない」

　ジークは一生懸命に、リエットを宥めてくれる。

　でも、リエットは忘れられないだろう。目を見開きながら、黒く塗りつぶされた何かに飲み込まれていく人の姿を。

　でも炎妖王を退けなければ、死んでいく人の姿が自国の兵士達の姿や、エリオスの姿に変わっていくことになるからだ。

「……大丈夫」

　だからリエットはジークに答えた。

「平気だから。だって私がしてほしい事を、見ただけだもの」

「リエット……」

　ジークの手をよけて、彼の顔を見上げる。

　いつもふわふわと楽しげにしていたジークは、不安そうな、心細い表情をしている。

「気にしないで。まともな人なら、怨嗟の声が聞こえてくるんじゃないかって怯えるかもしれないし、自分の正義が揺らぐのでしょうけど。私は自分がしたい事が、復讐だってわかってるから」

　それ以外、リエットは何もいらない。

　はっきりとそう言ったのに、ジークはまだ不安げな表情を変えない。どうしてだろうと思った時だった。

　ジークがふと視線を彷徨わせる。

「リエット、目を覚まさなくちゃいけないみたいだ」

「え？」

　疑問符を口にした瞬間、リエットは現実世界へ押し出された。