第20話彼の望む未来には 2

「本に試されてるのは僕だけど、はぐれちゃったらどうなるのかはよくわからないから、離れないようにしておこう」


 リエットは恥ずかしかったけれど、変な行動をして迷惑をかけたあげく、ジークリードが魔術を得られずに終わってしまっては大変だ。

 なので、大人しく手をつないで歩くことにした。


 それからまたしばらくの間、山の風景は変わらなかった。

 あいかわらず少し見通しが効くものの、暗く沈んだ木々と斜面が見えるばかりだ。

 そんな折、ふとジークリードが尋ねてきた。


「聞いて良いかな?」


「なに?」


「どうして君は、僕に協力してくれる気になったんだろうって」


 変なことを聞くなとリエットは思った。


「ジークは魔術を手に入れて、炎妖王を倒してくれるんでしょう?」


「それは切っ掛けだと思うんだ。なんていうかなぁ」


 ジークは自分の亜麻色の髪をくしゃりとなでつける。


「もしかしたら、前回の試練の……あれで嫌になって本を開いてくれないかもとか思ったんだ。だからどうして、また本を開いてくれたのかなって」


「嫌になんて……」


 普通なら、辛くて止めたいと思うのかもしれない。けれど、リエットはそんな言葉を思い浮かべもしなかった。


 けれどジークは、その理由が聞きたいのだろう。

 辛い思いをしてでも目的を果たそうとしている彼だからこそ、不思議に思ったのかもしれない。


「たぶん、国を救えたらいいとは思う以上に、別な目的が果たせたらって思うから」


 そんな人だからこそ、素直に全てを打ち明けてしまうべきだと思えた。


「別な目的?」


「復讐」


 ぽつりと呟いた言葉は、思った以上に暗い響きを伴っていた。

 確かに明るい単語ではない。けれどそれ以外に、リエットは自分の気持ちの表し方がわからない。


「言ったっけ。うちの父親、国境で戦って死んだの」


「うん」


 ジークが相づちをうってくれる。


「私、父さんと二人きりで生きてきたの。強い人じゃないから、武勲を立ててのし上がれるわけもない。だからお給料だって上がらないけど、父はできるかぎり私の幸せを考えてくれる人だった。それで充分だった」


 ずっと、あの小さな家で二人よりそって生きてきた。

 成長していくたびに、いつか独り立ちする時には寂しくなると言ってくれた。

 リエットは、嫁ぐ時には父さんを花嫁道具の一部として持っていくと言ったこともある。すると、新婚の邪魔をしろっていうのかと恥ずかしがるのが、とても嬉しかった。


「そんなささやかな幸せを奪われて、復讐したいと思った」


 他に家族がいれば、そこまで思い詰めなかったかもしれない。逃げることを選択しただろう。

 けれどリエットには何もないからこそ思った。

 幸せを奪った相手に、復讐したいと。


「だからって、伝説みたいな魔術師を、私が倒せるわけがないから。逃げる気力もなくなって、王都ごと私もいなくなろうって思ってた」


「そこに僕が現れた?」


「そう。復讐できる方法があるよって、ささやかれたみたいな気がしたわ」


 リエットは笑う。


「むしろジークは、あんな試練を受けてもあきらめなかったから、私、すごく期待してるぐらいで……なんかごめん」


 ジークを品定めしてるような言い方になってしまったことに気づいて、リエットは謝った。


「どうして?」


「だってジークを復讐の道具扱いしてるんだもの。不愉快でしょう?」


 けれど当のジークは、けろりとした表情で「いや?」と否定した。


「こっちは嫌われたかと思ったぐらいだから。君が嫌だと思わなかったのなら、それでいいんだ」


「本当に? むしろそんなだから、私の方が嫌うとかありえないわ」


 疑うリエットに、ジークが笑う。


「むしろ僕は、君が嫌わないでいてくれる方が不思議だよ。普通、あんな負の部分ばかり見せられたら、避けたいと思うものだろう?」


「あれは必要なことだったでしょう? それに、負の部分なんて誰にでもあるものだわ。私とジークは、国を救うための戦友なんだもの。戦友っていうのは、相手のちょっと変な所は見なかった事にすると上手くいくんだって、父も言ってたわ」


 それを聞いたジークは、数秒固まった。

 足まで止まった。

 首を傾げて見上げていると、唐突に吹き出して、そのまま笑い続ける。


「え? どうしたのジーク?」


「や、あはっ、君ってばおかしいよリエット!」


「世の中で一番おかしい人は、瞬間移動できるような人間だと思ってたけど……」


「っくくくく」


 思わず失礼な言葉で反論してしまったが、ジークはなおも笑うばかりだ。


「本当にどうしたの? まさかずっと本の中にいるせいで、頭がおかしくなった? そういえば食事とか大丈夫? って聞いても本の中に持ち込めるわけはないし」


 わりと本気で心配したのだが、ようやく笑い止んだジークは「食べ物は必要ないよ」と断ってきた。


「本の中にいる間は、時間を短く感じるんだ。君を待つのも、ほんの一巡時くらいの感覚なんだよ。それに調子はいいぐらいだ。早く進もうか」

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