第19話彼の望む未来には 1
「やぁ、今度は君にとってどれくらいぶり?」
暗い山道の中、昨日の晩と同じ場所に座っていたジークリードを見つけたリエットは、困惑して返事をしにくかった。
あれほどのことがあったのに、明るい表情をしていることにほっとするのと同時に、彼が無理をしているのではないかと思ってしまうからだ。
「ジークリード王子……」
「ああ、その言い方面倒だろう? ジークでいいよ。敬語もいらない。王子なんて肩書き気にしなくても」
「じゃあお言葉にあまえて。でも、弟さんと似たような事を言うのね」
ある意味似たもの兄弟だなと言えば、ジークリードが興味を示してきた。
「エリオスが何て?」
「クレイデルが国を滅ぼしたら王子じゃなくなるんだから、敬語じゃなくても別にいいって」
教えると、ジークは納得したらしい。
「エリオスは現実的な子だからなぁ。おかげで地味なせいか、蛍石なんてあだ名つけられてたけど。あの子は金剛石でもいいと思うんだけどね。固くて、でも輝いてる」
さりげなく弟を自慢され、リエットは思わず笑った。
「ジークも充分現実的だと思うけど」
へらへらしているが、ジークのそれは擬態だとリエットにもわかってきていた。
あまりに優秀すぎれば、弟に矛先が向いてしまう可能性もある。また、ジークを推す勢力が勢いづきすぎても、同じ状況が生まれる。
だから周囲を煙にまいているのだ。前回の白い影の件で、嫌になるほどそれがよく分かった。
リエットにそんなことを言われるとは思わなかったのだろう。ジークは意外そうに目をまたたき、それから微笑んだ。
年相応の青年らしい笑みだ。
じっと自分を見つめてくる視線は、どこかリエットを落ち着かない気分にさせる。
「そんなことを言うのは、君が初めてだよ」
「ご両親も?」
「そうだな。うちの父と母は僕の事を頭まで気泡体になったんだと言ってたけど」
「気泡体って?」
「空くらげの頭みたいな部分のこと。いかにも空気はいってそうだと思わないかい?」
「あぁ……」
リエットは一瞬、ジークの頭がくらげになった光景を思い浮かべてしまった。いつものふわふわした様子ばかりを見せていたら、確かにそう言われてもおかしくはない。
その間にジークは立ち上がり、歩き出した。
「じっとしていても何も起きないみたいだから、先へ歩こう。そもそも騎士アーベルも山道を登りながらいろいろ試練を経験したんだし」
リエットはジークを追いかけながら尋ねた。
「そういえばこの山って、本当に聖なる山なの?」
フォルクレスという山の名前など、リエットは聞いた事もない。
最初は創作物語だからと気にしなかったが、こうして本の中の世界を経験していると、もしかして本当に存在しているのではないかと思えてきた。だから魔術師なら知っている山なのかと考えたのだ。
「さて……本当に聖なる山なのかって保証はないなぁ」
ジークはくすくすと笑いながら答えてくれる。
「僕の推測としてはね、アーベルに山の事を教えた魔術師は、嘘をついたんだと思うよ」
「嘘?」
「騎士は、正義とか聖なるものって単語が大好物なんだ。アーベルを可哀相に思った魔術師は、せめて彼が向かう先ぐらいは綺麗な場所だと思わせておきたいと思ったんだろう。まぁ、闇の術を手に入れられる、闇の精霊がいる山なんだから、すぐに聖なる山なんかじゃないとアーベルも気づいてたと思うけど」
闇と聞いて連想するのは、後ろ暗い物だろう。
それにしても、とジークは続ける。
「次の試練は闇の中を進み、闇に染まれ……だったかな。まぁ、前回のことを考えると、言葉通りとはいかないだろうね」
彼の言葉に、リエットは思わず緊張する。
とたんに辺りの闇が怖く思えた。
また、あの白い影みたいなのが出てくるのだろうか。
自然と周囲を見回しながら歩いていると、不意に右手が掴まれた。
一瞬叫び出しそうになりながら見れば、ジークが手をつないでいた。驚くリエットに、ジークが説明してくれる。
「リエット、道からだんだんそれちゃってるよ?」
「えっ?」
足下を見れば、確かに道の端に寄っていたのがわかる。
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