第16話兄弟王子に関する考察 2

「あー」


 ぼんやりと、ため息代わりにリエットは声を漏らす。

 けれど油断はできない。リエットは今、騎乗している。馬というのは、ゆっくり歩いていてさえかなり揺れるのだ。


 おまけに一人で馬を走らせられないリエットは、二人乗りだ。

 落ちないように、常に鞍の前にある持ち手をにぎっていても、横座りでは安定も悪い。


「早くつかないかな……」


「まだ昼にもなっていないからね」


 冷静に答えてくれたのは、後ろに乗っているクリストだ。

 横向きに座るリエットは、左を振り向けばすぐ、彼の顔が見える。糸目の上目尻が垂れているせいか、いつも微笑んでいるように見える人だなと思う。


「夕暮れ前には到着できるはずだよ」


 クリストの言葉にかかるように、ざあっと木がざわめいた。音につられて空を見上げれば、鱗をきらめかせた魚が泳いでいる。


「雨魚ですね」


 同じように見上げたクリストが言う。


「え、雨が降っちゃうんですか?」


 一般的に、雨魚は雨が降ると一斉に出てくる。または、山が火事になったりと住処がおびやかされる事態に襲われた時に、水を降らせるために出てくるのだ。


「いや、群の形成数が少ないですからね。餌の捕食をしているんだな」


「雨魚のえさって……」


「羽虫が主だな。それら『飛ぶ』生き物を食べることによって、空を飛ぶ浮力を得てるという話が……ん?」


 クリストがただでさえ細い目を、さらに細める。

 その先にいたのは、ふらふらと飛ぶ、うす黄色の空くらげだった。


 増えようと思えば、池の水でも増えられるらしいこの生き物は、わりと単体で浮いている。

 雨魚の後を追うように空をふらついていた空くらげは、不意に強まった風に流されて木の枝にぶつかり、少し低めの「いゃん」という声と共に、花弁みたいに舞い降りてくる。


 それを、前を行くエリオスも見つけたようだ。


「ああ、空くらげだ」


 まるでひきよせられるように空くらげに近づいた彼は、手を伸ばそうとしたところを止められる。


「殿下! あれは雷をまき散らす空くらげです!」


「刺されてしまいますよ!」


 ハインツと熊のような騎士ふたりがかりで止められ、エリオスは渋々空くらげに近づくのをあきらめたようだ。


「なぜそんなに空くらげに執着……」


 思わずつぶやいてしまったリエットだったが、それが聞こえてしまったのだろう、エリオスが喜色満面の顔で振り返った。


「兄上が好きだったから」


 エリオスはうっとりとした表情で教えてくれる。


「兄上は素晴らしい人なんだ。その兄上から空クラゲの素晴らしさを教えていただいて、感銘を受けて以来、空クラゲが美しく見えてな……。あの、花のように幾本もある橙色のラインとかも、綺麗だ」


 語る様から、かなりアブナイ感じがした。


(まさかこんな強烈に兄を慕っているとは)


 ドン引きながらも、弟側が兄を慕っている姿にリエットはほっとする。

 自分の気持ちもわからなくなっても、家族を守りたいジークリードの思いは、弟に伝わっているのだ。


(でも、私もジークリード王子も止めるわけにはいかない)


 国を救うために、そしてリエットは仇を討つために。

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