第15話兄弟王子に関する考察 1
翌日、目覚めたリエットはため息をついた。
「罪悪感満載……」
必要だったとはいえ、酷いことをしたという感覚が消えない。
昔の嫌な思い出を無理矢理思い出させられた人に、悲しさとか怒りを思い出せとせっついたのだから。
眠っていたはずなのに、体から疲れが抜けていないように感じて、動くのが億劫だ。
けれどそんなことは言っていられない。
「あの部分は通過できたと考えていいのよね? さすがに同じことを二度はごめんだわ……」
服を脱がずに眠ったので、みっともなくない程度に髪をととのえたら、この宿泊場所にあったからと貰った小さな背負い袋に本を入れ、背負えば準備は完了だ。
三階の部屋を貸して貰っていたリエットは、階下へと降りる。
朝食の用意の途中だったようで、騎士の一人クリストが厨房で湯を沸かしていた。食事の内容は、保存食らしいビスケットに干し肉だ。
ぱっと見たところ調味料などもあるようなので、リエットは調理の手伝いを申し出たが、それは断られてしまう。
「俺はいいんですけどね、うちにはそういう事にうるさい男がいますから」
糸目のクリストが困った様に笑う。
リエットにも彼の言いたい事は伝わってきた。あのハインツという騎士のことだろう。よそ者が作った料理など、危険だから口に出来ないと言われそうだ。
想像がついたリエットは、大人しく厨房からひっこんだ。
やがて茶が用意できたころ、エリオスと他の騎士達も食堂へ集まってきた。
皆一つのテーブルにつき、黙々と食事を口にする。やがて食事が終わる頃、エリオスが尋ねてきた。
「で、リエットは東へ行くのだったな」
「とりあえず、もう一つ東の町へ行こうと思ってます」
本当はもっと東へ行くのだが、そんな事は言えるわけもない。
「東っていうと、レーエンか」
「そうです、レーエンまで」
当然リエットは行ったことのない町だが、ここはしったかぶりをしておく。
「ルマール村は、そこの近くなんですよ」
「そうか。しかしここより東となると、もっと人がいなくなるぞ? 戦場も近づいているし、潜入した敵兵がいないとも限らない。誰か護衛につけられればいいんだが……」
「えっと、そんな、別にいいです!」
リエットは必死に手を振って断ろうとした。
なぜといえば、昨日は個室に籠もれたから平気だったが、本を読むとジークリードが現れてしまうのだ。急にジークリードが現れたあげく、もし彼がリエットに『後よろしく』と事態を放り投げて消えたりしたら……。
考えるだけでオソロシイ、とリエットは内心ぞっとする。
「これでも、ちょっとは腕っ節には自身があるんですよ! だからこの宿泊所に何か予備の武器……ナイフか細身の剣とかあったら、貸してくれると有り難……」
「武器などとんでもない!」
それまでの間、沈黙を保っていた黒髪のハインツが、椅子を蹴倒しながら立ち上がった。
「身元のはっきりしない者に、殿下の身近にいるうちは武器など持たせられん!」
「座れハインツ」
冷静にハインツを制したのはエリオスだった。
「そんな警戒をすることもないだろうに」
「しかし。万が一ということがあります! なにしろ女ですから、力が弱いと油断していたところを攻撃されでもしたら、御身が!」
「だからもうすぐお前が大事だと叫んでる俺は、王子という身分を失うのだよ。そのような警戒は必要ない」
あっさりと断じられ、ハインツは悔しさからかうつむいた。
(そう言えば、派閥があるとかジークリード王子が言ってたな)
ジークリードの生母の実家に肩入れし、ジークリードを支持する国内貴族達。そしてエリオス王子を持ち上げる貴族達と。そのせいで、二人はひどい目に遭ってきたのだ。
(毒を盛られたって……言ってた)
それを、ジークリードがエリオスの代わりに飲んだとも。なのにジークリードが無事なのは、きっと魔術か何かで上手く切り抜けたのだろう。
エリオスの方も、兄が大好きな様子だった。とすれば、自分達を必要以上に持ち上げる人物を嫌っていてもおかしくない。
だからだろうか。こんなにも『王子ではなくなる』ことを強調するのは。
リエットがあれこれと考えていると、ふとエリオスが呟いた。
「でも武器一つ持たせずに、若い女性が戦火にまきこまれそうな場所へ行くのを見送るというのは、問題があるだろう。ならば……次の町までそなたを送ろう、リエット」
「は?」
「殿下っ!?」
リエットと騎士達の声が重なる。
「王子が一市民を護衛しようなどと、なんたることですか!」
ハインツが怒号を上げる。
言葉をなくしたリエットは、今回ばかりはハインツと同じ気持ちだとうなずいた。
しかしエリオスはとても良い考えだと思ったようだ。
「いや、やはりそうしよう。いずれにせよ我々も戦場へ戻るのだからな。彼女を護衛するという言い方がひっかかるのならば、そこにリエットがついていくという形ならば、お前も文句はないだろう?」
言われたハインツは、うぅと呻いている。
「そもそも婦女子を見捨てては、騎士道に反するのではないか?」
ハインツを追い詰めている自覚があるのかないのか、エリオスは至極楽しそうにつけ加えた。
(あなたの弟は、一体何を考えてるのよ……)
リエットは頭をかかえた。
平時だったならリエットでも有り難く思っただろう。しかし、彼女には今、人に知られたくない秘密があるのだ。
(しかも王子様だし。本を読み切る前にあのベルタって人にばれたりしたら……)
自分まで、別な本に閉じ込められたらと思うと、身震いしそうだった。
「そういえば、誰にでも開けるわけじゃないとか言ってたっけ」
だから本を開ける人を探すのが大変だと、そんなことをいってた気がする。何か、本を開くだけのことに、条件があるのだろうか。
「どうしたリエット。何か意見でもあるのか?」
不意に話しかけられ、リエットの思考は中断する。
「あ、いえ、なんでもありません」
「そうか。ならば問題ないな。これで決定だ」
うなずいたエリオスによって、そのままリエットを連れての行軍が決定したのだった。
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