第12話黒き門をくぐる 2
《飢えさせた空くらげは、狼も食うという。人間も食うに違いない》
《空くらげが食うのなら、誰がやったのかと追求もできまいよ》
「え? くらげに食べられたって……」
「ああ、言ってなかったか」
ジークリードはへらっと笑う。
「僕が空隙の魔術を使えるのは、あれに吸い込まれたからなんだ。でも空の上まで、僕が飛んで行ったわけじゃない。空くらげに掴まったんだよ」
リエットの脳裏に、『空くらげに食わせれば……』という先ほどの死者の言葉が蘇る。
「まさか、空隙に吸い込ませるのが目的じゃなく、空くらげに食べられそうになった結果、吸い込まれたってことですか?」
「うん、理解が早くて助かるな。空くらげは僕のことを久々のご飯のつもりで捕まえたんだ。そのまま空へ浮かんで逃げた先に、空隙が現れたんだ。そして僕は、空くらげごと空隙に吸い込まれた」
答えたジークリードは、肩をすくめてみせた。
「でもご苦労なことだよね。くらげが冬に食べ物が少なくて飢えるっていったって、捕獲した後加減をあやまったら死んじゃうじゃないか。そのせいで何匹か捕らえては死なせちゃって、ぎりぎりの状態を保たせるようになるまですごい試行錯誤したみたいなんだよ」
「そこじゃなくて、大丈夫だったんですか? とんでもない怪我をしたんじゃ……」
何よりリエットが気になったのは、そこだった。
「うん、ちょっと痛かったかな」
「ちょっと!?」
「空くらげって、オオカミはさすがに食べられないみたいで。人間ほどの大きさまで成長すると、小さい動物を補食するのは確かなんだけど、さすがに僕のことは消化液で溶かし辛かったみたいだよ。その間に空隙に吸い込まれて、空くらげは消滅しちゃったし。まぁ、空くらげの中にいたから、空隙に吸い込まれても死ななかったっぽいんだけど」
あまりに惨い話に、リエットは愕然としていた。
その合間にも、白い影たちはさらに過去に話したのだろう言葉をしゃべり続ける。
《また失敗した》
《せっかくの好機を、王子が!》
《魔術を使えるようになっただと? 忌々しい》
「まぁおかげで僕は魔術が使えるようになったし、お得ではあったかな」
《黙っていれば王になれるものを、私を陥れたのね!》
《憎い、憎い、憎い》
《なぜあの王子は死なないのだ!》
「僕が望んでるのは、国内平和と家庭内の平和だけなんだけどなぁ。弟までが僕の派閥だって主張する貴族に狙われたりして、本当に大変だったんだ。そのうちに今の母上まで殺されそうになってさ」
《もう、王妃ごと毒を飲ませてしまえ、王には我らが選んだ別な妃を……》
《またあの王子が邪魔を!》
《誰かあの空っぽ王子を始末しろ!》
「でも、平気なの?」
「何を?」
恨み言をとなえる白い影達に対して、ジークリードは全く気にした様子もない。景色を眺めるように平然としたままだ。
「だって、自分のことを恨んでるとか死ねとか言われて、辛くない?」
するとジークリードは首をかしげる。
「あぁ。なんかあんまり。結局僕は生きてるし、どんなにこの人達が足掻いたって、それは覆せない過去だから」
「でも、お母さんが死んだことは? 悲しくないの?」
「なんで悲しむのかな?」
ジークリードは目をまたたいている。
「王に嫁ぐってそういうことだから。状況が悪ければ、すぐに自分の死につながるんだ。だから精一杯のことをしてだめだったら、諦めるしかないよ。哀しんでみたところで、死んで欲しいって願う奴らが手加減してくれるわけでもないし。そんなことして油断して、こっちが死んだら亡くなった最初の母上もがっかりすると思うんだ」
「そんな……」
リエットは絶句する。
ジークリードが言うことは、間違ったことではない。間違ってはいないけど、けれど人としてあまりに反応が鈍すぎないだろうか。
それを自分でも自覚していないのだろう。
「なんだかなぁ。ぶつぶつ言うばかりで進展がないんだけど……僕も概要しか知らないから、試練の合格方法がいまいち分からないんだよなぁ」
彼は目の前の状況にやれやれとため息をついている。
白い影達は、一人一人その数を増やしていき、白い壁のように周りを囲んでいた。
「そろそろ俺の記憶なんだから、同化しておかない? 闇を識るってそういうことだと思ったんだけど」
焦れたジークリードが、白い影に手を伸ばす。が、影の体をすかっと通り抜けるばかりで、他に何もおこらなかった。
「何が足りないんだろうなぁ」
ジークリードの呟きに、リエットはふっと思いつく。
「まさか、拒絶してる……から?」
こんな風に思われ、言われ続けたら、麻痺するしか心を守る方法がなかったのだろう。
受け流すということは、拒絶しているようなものだ。けれどその理由を考えると、リエットには拒絶するなとは言えなかった。
それはジークリードに傷つけ、苦しめ、ということではないだろうか。
ジークリードが振り返る。
「どう思うリエット?」
話しかけられたが、リエットは口をつぐむ。
代わりに自分が受け入れられればいいのにと、リエットは思う。でもそれはできない。この魔術書がジークリードの過去を見せている以上、リエットが手をだしても意味がない。魔術を習得することができなければ、本の中に閉じ込められたのに、意味がない。
どうしよう。
うつむいたリエットは、ジークリードの叫びに顔を上げた。
「リエット!」
手を引かれて、ジークリードに抱き込まれる。
頬が彼の胸にあたったが、リエットにも今何が起ったのか見えた。
白い影が、リエットに手を伸ばしていたのだ。ジークリードが庇ったせいか、白い影は彼を避けるように手をひっこめていた。
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