第15話 冬。

 地面へと伸びた光が、いくつもの綿帽子を明るく照らし出していました。

 西側の住民たちは、白く降り積もった雪の下で、木の洞や土の中、池の底や石の裏など、思い思いの場所でひっそりと眠りについています。



 澄んだ空に滑空してゆく、あれはノスリ。



 しん、とした空気の中、窓から外を眺めていたのは八木ヤギユキでした。

振り返った視線の先には、2098年のカレンダー。

白いワンピースを揺らし、銀杏から切り出した丸い椅子へ腰を掛けます。2本の手には、湯気が立つマグカップが包まれおり、香ばしいコーヒーの香りが、静かに室内を満たしていきました。


 机に置かれた複数の白いモニターに、刻々と変化する数字が表記されていきます。

そこには、この庭全体を覆う巨大なシェルター内が、正常な状態で「四季」の展開が成されていることを指し示しているのでした。


 シェルターの外は地球環境の悪化により、もう何年も前からかつてこの国にあった「四季」というものが大きく乱れ、そして崩れ、季節そのものが無くなってしまっていたのです。


 春らしい陽気、夏らしい空気、秋の高い空、冬の澄んだ空気といったものは、遠い過去の遺物となり、混沌とした大気だけが残されました。

 誰も護るものがいない、足元への関心さえも失われた世界。


 樹木医であるユキは、全てが失われてしまう前にこのシェルターを作ることでビオトープの再現と維持を目指してきました。小さな住民たちの力を借りながら。

 ここ数年間で、庭のサイクルは出来上がりつつあります。


「やっと、スタートラインに立てたよ。父さん」


 そっと、胸ポケットから取り出した写真に、ユキは静かに語りかけました。




 






 

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