第14話 秋、閉じる。

 2週間後のことです。

 庭の東側に、南側のチーム砂ねずみが砂煙をたててやってきました。西側の依頼で、イチョウの葉で包まれた大きな何かを届けにきてくれたのです。

 それは、ちょっとした小山ぐらいの大きさがありました。


 ツチイナゴを始め、住民が東門前に集まって来ました。みんな同様に「いったいこれはなんだろう」と首をかしげています。

イチョウの葉を包装を、左端から慎重に取り外していきます。その全貌が徐々に明らかになるにつれ、住民達の間から静かな興奮と喜びと熱気が立ちのぼり、誰かが叫びました。


「種の選別機だー!」

 みんなの目の前に表れたのは、秋蒔きと春蒔きの種を選別するだけでなく、大きさと成熟度、水分量をも選別してくれる機械だったのでした。

 最後の確認段階では、虫の目と触覚と手を必要としますが、作業工程が大幅に効率よくなることは確かです。

 驚きに頬を赤く染めたモンキ蝶が、選別機に貼り付けらていた1通の便りを持って来ました。

 ツチイナゴは、触覚を使って器用にカイコのノリを剥がすと、よくなめされた蕗の葉を開きます。そこには、こんな文字が。


「おい土ヤロウ!この前はよくものたれ死ねだなんていってくれたな、今度落とし前つけにいくから覚悟しとけ」

ツチイナゴがクスリと笑って続きを目で追います。


「あーそれであれだ、エラそーなこっちの監督が送れっていうから、3日3晩寝ないで作ってやったんだよこの選別機。って、オイ寝不足はお前のせいなんだからな、覚えとけよ!」

ツチイナゴはプッと噴き出しました。


「それからな、なーんで、お前みたいな地味でなんでも苦手で頼りなくてひょろい奴が監督に選ばれたのか、少しだけわかったような気がするよ。またな」

 そして、最後に小さく小さく、五つの文字が。


「ありがとう」


ツチイナゴは、和らいだ表情のまま、住民のみんなを見詰め、背筋を伸ばし口を開きます。

「誰か、この選別機を種蔵に運んでくれるとありがたいんだが」

「イエッサー!」




 ふうっと風が吹きました。

夕暮れを迎える庭のベンチに、オリーブ色のワンピースを着たユキが座っています。

その瞳は、庭を見るでもなく空を見るでもなく、ただ目の前の空間に向けられていました。

その肩に、つい、と一匹のオニヤンマが止まります。


「どうした」

「私、しばらく留守をしなくてはいけないの」

オニヤンマがすうと目を細めます。

「大事な用事があるんだな?」

「ええ、そうなの。急にごめんなさい」


「ここの仲間たちはどうする」

「カマタ先生に頼んであるわ」

「わかった」

オニヤンマは、来た時と同じように、つい、と高い秋の空に飛び立って行きました。




 ユキの足元で、小さな住民達が、えっちらおっちら選別機を運んでいます。

 先頭に立っているのはツチイナゴです。みんなが怪我をすることの無いように、あちこち細かい所まで心配りを忘れません。

 その地味な背中には、住民達から信頼という眼差しを注がれているのでした。


 きゅっきゅっきゅっ。

種蔵の中、ツチイナゴが種選別機を磨く音が、控えめにけれども絶え間なく響き続けていました。

本日も、チーム東側は始動しています。

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