第13話 秋、過ぎる。

 種蔵の中は、急にしん、となりました。

玉子は、居心地悪そうに下を向きながら、前足で地面に「の」の字を書いています。 

 その様子を静かに見守っているのはツチイナゴ。二匹の間に降りた沈黙の重さに耐えられなくなった玉子が先に口を開きました。


「なにさ、いったいなんだって言うんだい、二匹にさせてくれっていうから残ったのに、なんだってさっきからニコニコしながらこっちを見てるだけなんだよ」

ツチイナゴは黙っています。


「いやあたしだって、こんな風に迷惑かけるつもりじゃなかったんだ、あ、あんたに怪我させたこと悪いと思ってるし」

玉子はチラッと視線をあげました。

ツチイナゴは黙っています。

玉子の書く「の」の字がだんだん深くなってきました。


「……けんかしちまったんだよ、仲間と。だってあいつら、あたしに゛それは違う゛だの゛それは間違ってる゛だのいちいちうるさいから。そりゃ、あたしが間違ってたんだけど最初は正しかったんだよ!それなのにあいつら、そのうち引っ込みがつかなくなっちまって」

 ひょいと顔を伸ばしたツチイナゴが口を開きました。

「それで、自分が死んだことにしたんだ」


玉子がキッと顔を上げます。

「だってあたしは」

「けんかした理由なんかどうでもいい」

ツチイナゴが玉子の言葉を遮り続けました。

「仮に始りが正しくとも、その過程が間違っていればそれは間違いでしかない。その間違いは、本人が正さない限りまっとうな結果に結びつくことは永遠にないよ」


「な、なにさ、地味でえーと、虫見知りで虫前で話すのが苦手なあんたなんかに言われる筋合いなんぞないさ!」

気色ばむ玉子は、今にも掴みかかってきそうですし、ツチイナゴはちょっと困った顔をしています。


「ここは、私が監督する庭だから筋合いはあるなあ」

そのまま続けます。

「玉子さんが言う、いちいちうるさくされる理由ってさ、みんながそれだけ真剣に心から、玉子さんの事を想う気持ちがあるからでしょう。それがわからないのなら、この東側でのたれ死ぬ選択をしてくれてもいいよ」

「な、な、のたれ死ねとはなんだ!」


「だって最初に言ってたでしょう、あたしは死んでいると。死んでいる者がのたれ死ぬのになんの不都合も無いと思うんだけど」

怒り心頭といった様子の玉虫がそれこそ、目玉が飛び出そうな勢いでにらみつけてきますが、ツチイナゴは気にすることなく続けます。


「怖いのかな?」

「怖いって何が」

「君は、自分のした間違いを認めるのが怖いの?それを認めたら、何かに負けちゃう気がするの?」

「うるっさいんだよこの土色地味イナゴがめんど―なこと並べるんじゃないよっ」


「僕が土色で地味なのは正解。だけど、君がしていることは不正解。ただただ、都合の悪いことから逃げ出しているだけじゃないのか。そしてその不正解は、君自身で正さない限り、〇はもらえないんだよ」


 いつの間に種蔵へ入ってきていたのか、身体の大きな玉虫がその身体を小さくしながらうなだれる玉子の隣に立ちました。

「監督さん、この度は西側の揉め事を持ち込んでしまって、誠に申し訳ありませんでした。申し送れましたが、自分は今年から西側の監督を務めさせて頂いています。それなのにこんなご迷惑をお掛けしてお詫びする言葉もありません」


「あ、あなた様が西側の、私も今年初監督でして、いえこちらこそ、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」

「こいつは責任をもって連れて帰ります」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る