第12話 秋、進む。
朝です。
お日様の香りがするさらっとした風が吹いています。
もうすぐ訪れる目覚めの時間が待ち遠しいような、もう少し横になっていたいような、気持ちのいい朝でした。
そこへ突如、割れ鐘のような声が大地に響き渡ります。
「バカヤロウ!いったいどれだけお前を探し回ったと思ってる!」
地響きのような声に飛び起きたツチイナゴが、毬の様に飛び出した広場で、今にも掴みかからんばかりに間合いを詰めた二匹の玉虫がにらみ合っていました。
「どれだけ心配したと思ってるんだ!」
大きな体格の玉虫は続けて怒声を放ちます。
「ふざけた紙切れなんぞ残し消えやがってっ゛玉子のことは、もう死んだと思ってください。今までありがとう゛だと?どれだけみんな心配してると思ってやがるっ」
小さな体格の玉虫は、無言のままもの凄い眼力で相手を睨みながら仁王立ちしています。
大きな玉虫は、全身の力を言葉にのせて叫びました。
「謝れ、今すぐ西側に帰ってお前を想う皆に謝れ!」
小さな玉虫は口の中で「やなこった」と吐き捨てるや否や重心を低くかまえ大きな玉虫に掴みかかりました、心配しながら遠巻きに周囲を囲む住民達から「ああ!」と悲鳴があがります。
お互い真っ赤な顔をしながら「なんだとっ!」「なにをっ!」と上へ下へと広場を転がる二匹の側に、ひょこひょこ近寄って行くのはツチイナゴです。
「あのう、すみません、怪我しちゃいますよ、そしたら痛いですよ、あのちょっ……」
その声もろとも、目の前に滑り込んできた二匹に弾き飛ばされたツチイナゴは、綺麗な半円を描いて少し先の地面へ落ちそのまま気を失ってしまいました。
「……ですか」
熱を持った首筋に、ひんやりした小川の水を含ませた綿を、誰かがそっと押し当ててくれています。少し遠くから柔らかな声が聞こえてきました。
誰だろう?
「監督、大丈夫ですか」
今度ははっきりと聞こえました。
重く感じる瞼を押し上げるように開いて見ると、心配そうな顔をして見つめるモンキ蝶と目が合いました。
同時に周囲からほお~というため息にも似た安堵の声が聞こえてきます。
痛みが残る首を慌てて起こすと、狭い種蔵の中にはびっしりと住民のみんなが詰めてきてくれていたのでした。
「あの、どうもすいません、ご心配を……」
ツチイナゴが言い終わらないうちに「いや驚いたのなんのって」と、年配のふくよかなご婦人クルマバッタが汗をふきふきやってきました。
「いやだってね、こう投げすぎちまったお手玉みたいにポーンと飛んでる監督さんを見た時はもう腰が抜けちまってね、大変だー、大切な監督さんが死んじまったー!って隣にいたコバネイナゴに抱き着いちまったよあたしゃ」
クルマバッタのご婦人はみんなの間に並んでいた玉虫の前にずいと進むと、目玉をぎろり光らせて言いました。
「だいだいね、ここは広い庭の中でも゛穏やかな゛なーんていう別名があるぐらい静かな東の庭なんだ、そこへ転がり込むだけならまだしも、怒鳴り合いにつかみあいとはどういう了見なんだい」
そこへ、身体を起こしたツチイナゴの静かな声が割って入りました。
「皆さんすみません、そしてありがとう。ご心配をおかけしました。クルマバッタさんもありがとう。少し、玉子さんと二匹にさせてくれないか」
住民のみんなは、お互い心配そうな顔を見合わせながらも「監督さんがそう言うんなら」と身体の大きな方の玉虫も連れて外へ出て行きました。
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