第11話 秋。

 間もなく、夕暮れ時を迎えるようとする空に、網目模様の羽を広げたアキアカネとナツアカネが、幾度も交差しながら、ふっくらとした楕円を描いていました。

 高い空の下、庭の東側では住民達が冬に向けて準備をしています。収穫した種たちを、秋蒔き用と春蒔き用に、仕分けをするのです。


 種蔵の中で、小さくて可愛らしい種たちを、ふんふんと鼻歌を口ずさみながら、それぞれのカゴへよりわけているのはツチイナゴ。

 毎日毎日、1番に早起きをして作業に取り掛かるのですが、集まる種の数が多くて仕事がちっとも追いつきません。


 忙しさに目が回りそうな時、ほんの少しだけ誰か手伝ってくれたらなあ、と思うのですが、誰にもお願いすることが出来ませんでした。

 どう、お願いしたらいいのかわからないのです。

 勇気を出して話しかけてみようと思うのですが、それぞれに忙しそうなみんなを目にすると、ついつい声をかけそびれてしまうのでした。


 ため息と共にいつも思う事があるのです。

「どうして、僕なんかが監督に選ばれちゃったのかなあ」

 頭を左右にふりふり続けます。

「地味だし虫見知りだし、虫前で話すのは苦手だし、出来ればずっと誰とも関わらずひっそりと生きて行くのが目標の僕が監督だなんて間違ってるよ」

 思わず口をついて出た言葉にはっとして、誰か聞かれやしなかったかと周囲をキョロキョロします。


 その時、山のような種の向こう側から、思い切り噴き出す声が聞こえました。

「っはははは、あんたって面白いわねえ」

 驚いたツチイナゴが顔をあげると、そこには全身鏡面仕上げの様にぴかぴかした、美しい玉虫がお腹を抱えて笑いころげていました。

 見知らぬ顔でした。

「君誰?」

「…くっくっく、あはは、あーごめんごめん、久しぶりに笑ったものだから」


そう言いながらも、玉虫はまだお腹を抱えています。

「君、誰?」

少しムッとしたツチイナゴがもう1度口を開きます。

それを受けて玉虫は、ぴたっと笑いを止めると、急に真顔になって答えました。

「あたし?あたしは……そうね、一見玉虫に見えるだろうけど、もうとっくに死んじまってるから気にしないで」

 ツチイナゴの控えめで小さな眼がまん丸に見開かれています。

「死んでる、って誰が?」


「だからあたしだってば。あーあー、久しぶりに笑ったらなんかお腹すいちゃった。ね、なにか食べるもの持ってない?」

「あ、あるよ、ちょっと硬めのカエデの樹液クッキーだけど、良かったら食べていいよ」

 玉虫は、よほどお腹が空いていたのか、ツチイナゴの手から黙ってクッキーを受け取ると、むしゃむしゃ食べました。そしてすっかりお腹がふくらむと、今度は眠くなったらしく、そのまま地べたにごろんと転がりもう寝息を立てています。


 ツチイナゴは、聞こえないように小さくため息をつくと、イチョウの葉を縫い合わせた自分の肩掛けを、玉虫の身体にそっとかぶせてあげました。

 ク―クーと寝息を立てて眠る玉虫の隣で、種蔵の入り口から射し込んで来る細い月明かりを頼りに、もくもくと作業をするツチイナゴでしたが、その手は徐々に上がらなくなり、やがてその身体は右に傾くとぱたりと地面に倒れ、深い眠りに落ちてゆくのでした。

 種蔵の中には、小さな寝息の二重奏。


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