第8話 夏、進む。


  幾日か過ぎました。

 十二のプランターの中で、スクスクと育った風船葛達が、ふっくらとした可愛らしい風船をいくつもつけています。

 風や雨にその風船が落ちてしまわないよう、カイコの糸で編んだ網が、ひとつひとつにかぶせられていました。

 その様子を、ツツジの上から見渡しているのは黒アゲハとトノサマバッタです。


「いよいよだな」

「だね」

「黒アゲハ」

「何さ?」

「話がある」

「だから何さ?ただでさえ愛想のないトノさんのあんたが、そんな真面目な顔したらますます無愛想になっちまうよ」


 ますます不愛想か、と苦笑いを頬に浮かべたトノサマは、すっと黒アゲハの正面に立つと「また来る」の声を残し勢いよく飛び立ちました。その背中を見送る黒アゲハの瞳が、優しい光を湛えかすかに揺れています。




 背が伸びた知りたがりやのクロちゃんは、今日も前を行く大人達をつかまえては、次々に質問をしていました。

「ねーねー、同じ事をしてるのに、幸せに感じる虫さんとそうでない虫さんがいるのはどうしてなの?」


「ねーねー、みんな身体の大きさは違うけど、命の大きさは同じなのかな?ボク達植物と昆虫のみんなの命に、違いはあるの?」という具合にです。


 そのクロちゃんの前で、風船葛にかけられた網を外す作業が行われていました。

 そこでまた「ねーねー」と口を開きかけたその時、クロちゃんの肩口にトノサマバッタが飛んで来ました。

「あ、オジサマ!」

「よう、ボク。毎日質問攻めしてみんなを困らせてるんだってな」

 トノサマバッタに顔をしてのぞきこまれると、クロちゃんはその頬をぷぅとふくらませます。


「困らせてなんかないよ、教わってるんだ、それにもう゛ボク゛じゃない」

「冗談だ。そうだな、確かにもうボクじゃない。ずい分立派に育ってきたんもだ。じゃあ、今日からお前はクロ助だ」

 カラッとした笑いを残し、トノサマバッタが飛び立ちます。

 聞いていたミーちゃんが、柔らかいふかふかの地面から嬉しそうに顔を出しました。


「クロ助さん、素敵な名前ね」

 笑顔で返事をしようとしたクロ助の目に、ミーちゃんの少し先で、地面がむくむくと盛り上がる様子が見えました。

「ミーちゃん、ゆっくりボクに登ってきて。近くにモグラが居るみたいなんだ、さあ」


 ミーちゃんは、「え!」っと後ろを振り向くと、怖さのあまりそのまま動けなくなってしまいました。クロ助は地面に目を向けたまま語りかけます。

「ミーちゃん、大丈夫だ、怖がらなくていい、ほんの少し登るだけでいいんだ、ミーちゃん、おいで」

 地面のむくむくは、そのスピードをあげながら真っ直ぐ突き進んできます。


 クロ助が叫ぶ。

「ミーちゃん来るんだ、早く来い登れ!」

 ヒュッと弾丸のような影が落ち、急降下してきたトノサマバッタが前足でミーちゃんをつかみ空へ放る、瞬間飛び出してきたモグラがバランスを崩しながら落下する鮮やかなグリーンの身体に躍りかかった。

「やめろおぉぉぉぉお!」


 

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