第2話 春、うらら。

「こちらカマキリ。せっかちの新芽を発見しました!」

 つばきの葉を丸めたメガホンから、見張りをしていたカマキリのしゃがれ声がひびき渡ります。

「なんだと! 予定より二週間も早い上に明朝は雨だ。これはまずいな……砂ねずみ、至急保温材料を頼む」


 南側一帯を任される監督で、越冬五年という驚異的な記録を持つオオクワガタが、光沢のあるアゴをガチガチならしながら叫ぶと、五匹のチーム砂ねずみが、砂けむりをあげながら放射状に駆け出して行きました。


 監督のだみ声は続きます。

「ミツバチ、トノサマガエルに報告を頼む。それからハサミ虫、風雨よけが欲しい、最短でどのぐらいかかる?」

 ハサミ虫は、少し首を傾げてから答えました。

「素材にもよりますが、平均で三時間ぐらいかと。それと縫い合わせるための糸が必要です、カイコを連れて来ることは出来ますか」

「わかった手配する。おおい、アリ達よ、すまないが地面からプランター左にかける梯子作りを少し急いでくれるか」

 松葉を使ってせっせと作業中のアリ達が、声を合わせて言いました。

「わかりやした監督!俺たちに任せて下さい」


 まぶしさに慣れたせっかちさんは、そーっと瞼を開けてみました。

 大きくて立派な木々の間から見える木漏れ日に、池の水面を走る風。様々な色と形が綺麗な石に、整然とならんだ手入れの行き届いたプランター。

 そして、生き生きと活動するこの庭の小さな住民達。

 せっかちさんは、思わず声をあげました。


「なんて、なーんて素敵なところなんだろう!」

 それから、続けて声をあげました。

「あのう、すみません、僕をここにそっと置いてくれた人の事知りませんか、会わなくちゃいけないんです!誰か、誰か知りませんか」

 大きな鎌をふりふり、心配そうに様子を見ていたカマキリは目をパチくりさせて口をあんぐりと開きます。


「名前の通り、本当にせっかちな坊やだなあ。ちょっと待ってろ」

 カマキリは、よっこらしょと言いながらひょいと地面に飛び降りて行きました。その背中を、せっかちさんの声が追いかけてきます。

「誰か知りませんかー、あの人の名前、知りませんか」

 カマキリは、やれやれといった視線を監督に送りつつ、小さく呟きました。

「まったく元気な坊やだ。花を咲かせられるようになるまで、みんなで守る」


 トトトトッと砂煙をまといながら戻ってきたのはチーム砂ねずみでした。

 めいめいが、身体のいたるところに、落ち葉やわた毛、鳥の羽や布草履の端切れ、ちぎれたスポンジなどをくくり付けています。

 それを目にした監督が言いました。

「みんな良くやった、これで数日は寒さをしのげるだろう。戻ってきたばかりのところで悪いが、ハサミ虫のところに頼む。風雨よけをここまで運んできて欲しいんだ」

 それを聞き終えたチーム砂ねずみは、たちまち新たな砂煙をあげ新たな任務に向かうのでした。


 ひとしきり指示出しを終えた監督に、カマキリが低い声で耳打ちをしています。

  監督の左眉がキュッと上がりました。

「ほう。名前を知りたいと? 歴代のせっかちの中で、植えられた頃の記憶を持つ者は、確か一代目だけだったと聞いている。それに近い者かもしれんな、どれ、少し話をしてこようじゃないか」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る