【ようやく】戦闘に参加した【それっぽくなった】
「ウィルスが見つかったって本当か」
俺と篠原が倉庫のパソコンに向き合っていると、晃が入ってきた。篠原は慣れたように、がたぴしうるさいプリンターから排出された紙を手渡す。晃はそれをちらりと見てから、すぐに突き返してきた。
「今回はリットさんが見つけてきたんだ。ツイッターのオフ会に参加していたうちの一人が感染してたらしい。まだ外を出歩ける程度の浸食具合だったみたいだから、多分今回のも小物だね」
「え、リットさんってオフ会とか参加するんですか……」
俺の口から正直な感想が漏れてしまった。いくら共通の趣味があるとはいえ、あのパンクな恰好の人がオフ会と称した集まりに来るのが想像しにくかったのだ。篠原はそれを聞いて少し笑ったが何も答えず、俺に言った。
「いくら小物だと言っても、今度のウィルス駆除は遊びじゃない。この前の実践訓練とは桁違いに危ない作業だよ。君はまだ入ったばかりだし、僕らの作業を見てるだけでもいいけど」
「やります。もしかしたらSNS映えするキャプチャが撮れるかもしれないし」
「本当にぶれないよね君」
「おい行くぞ。リットさんはどうした」
俺と篠原の会話を中断するように晃が話しかけてくる。その手にはいつの間にかエレットマーレ接続器が握られていた。
「リットさんはもうエレットマーレにログインしてウィルスの追い込みをしているよ。なんか倉庫に来る気分じゃなかったんだって」
「そうか」
素っ気なくそれだけ言い、晃はボロボロのソファにどかりと腰かける。俺もフルフェイスヘルメット型装置を持ってパイプ椅子に座った。
「じゃ、僕は駆除空間への追い込みが確認できたら行くから二人ともよろしくね」
「おう」
「分かった」
俺と晃は一度頷き、装置を被る。スイッチを入れれば、いつものメッセージが目の前に浮かび上がった。
≪Benvenuti in Elett’Male≫
ログイン。エントランスには相変わらずアバターが多い。俺はその中でも異彩を放っている和服姿のリットさんのアバターを見つけて大きく手を振った。
「こんにちはリットさん」
≪やあ、真澄≫
「Mnet001はどうなった?」
≪無事に駆除用の空間に連れ込んだよ。今は、ワタシのコピーアバターが見張ってる≫
「コピーアバター? そんなのできるんですか?」
≪違法だけどできないことはないよ。マイナンバー一つにつきアバターが一つしか作れないのは真澄も知ってるよね≫
そんなの、エレットマーレの日本人ユーザーなら誰でも知っている。複垢が作れないから、SNSの「捨て垢から失礼します攻撃」ができなくなったと話題にもなったほどだ。
「そりゃあ、当然知ってますけど」
「リットさんは海外サーバーを無理やり経由して複垢をいくつも持ってるんだよ。だからこの人、垢BANされてもそんなに困らないってわけ」
≪そうそう。こういう時便利に使えるとは思わなかったけどね≫
「え、こわ。犯罪じゃないですか」
≪いいことを教えてあげよう、真澄。恋愛と戦争ではあらゆる戦略が許されるんだよ≫
にっこりと笑った目元にうすら寒いモノを感じて、俺はセーラー服のタイを弄るふりをした。そんな俺たちの様子が煩わしいのか、晃は顔をしかめる。
「遊んでんじゃねえぞ二人とも。さっさとウィルス退治してえんだこっちは」
「やけに焦ってるね」
「今日の夜からイベントなんだよ」
≪あぁ、いつもやってる格ゲーの≫
納得したようにリットさんが言う。その時、まるでタイミングを見計らったように篠原からチャットメッセージが届いた。
≪みんなお疲れ! 合流できたみたいだね! 僕は一足先にウィルスの観察をしてるから、リットさんに聞いて座標にジャンプしてね 篠原≫
ちゃんと座標も文末に添付されている。俺はメッセージウィンドウを閉じると、まだウィンドウを展開している二人を見た。こうやって見れば見るほど、恰好が浮いている。アバターはそれこそ千差万別だが、それでもほとんどの日本人はある程度自分に似た設定を好む傾向にある。わざと女子高生のアバターにしている俺はともかく、明らかに格ゲーのキャラクターな晃や和風ファンタジーにでも出てくるような装いのリットさんはかなり目立っていた。
まあ、当の本人たちは気にしていないみたいだが。
「じゃ、行くぞ」
≪そうだね。真澄、行こう≫
「あ、はい……」
俺は慌てて文末に添付されていた座標をタップしてジャンプの用意をする。いつも通りのコマンドだ。数秒で俺のアバターはエントランスから姿を消したのだった。
ログアウト。
ログイン。目を開けた俺が見たのは、初めてMnet001を見た時や戦闘訓練とは全く趣の異なる空間だった。既にそこにはピンクのフリフリドレスを着たアバターが待っていた。
「なんだ、ここ」
「あ、≪ナビダッド≫。ようこそ、ここが今回のステージだよ」
「ステージって、ここ、図書館……?」
そう。俺が見ていたのはどこかの図書館だった。正確にはどこかの図書館を模造して篠原が作った空間だが、あまりに空間の出来が良すぎる。
壁一面に並べられた本棚にはぎっちりと本が詰まっていて、普段読書をしない俺は何となくその雰囲気に圧倒されてしまった。リラックスして本を読めるように、室内の片隅には椅子とテーブルが用意されている。それだけ見れば居心地のよさそうなところだが、果たしてこんなところにMnet001がいるのだろうか。
「Mnet001を駆除するときはね、逃げられないように対象が好きそうな空間を作ると効率がいいんだ。ここ最近気が付いたんだけどね」
ピンクの髪を揺らしながら、篠原もとい≪クラッキー≫が言う。早速彼は(いや、彼女は?)ツールバーから片眼鏡を取り出して装着した。それを合図にしたように、≪ナタス≫と≪アズサ≫もログインしてくる。
「待たせたな」
≪≪クラッキー≫、Mnet001の様子は?≫
「案外大人しい……のかな? 今のところ目立った動きはしてないけど、ちょっと情報が不足してる。三人とも、そこの影に隠れてるみたいだからあぶり出してきて」
事も無げに≪クラッキー≫が言う。俺はツールバーから拳銃を取り出して握りしめた。
その時、唐突に≪アズサ≫が声をあげる。
≪あ、そうだ。≪ナビダッド≫に渡すものがあるんだ≫
そう言って送信されてきたのは、俺の
≪対Mnet001用の特殊弾。この前の戦いでは
「ありがとうございます……!」
≪それ、使い方なんだけど……≫
「おらぁ! くたばれ!」
俺に説明しようとした≪アズサ≫の言葉は、しかし≪ナタス≫の怒声に阻まれた。胡乱気に≪ナタス≫がいる方向を見れば、早速≪ナタス≫はMnet001に突撃していた。倒れた本棚から零れ落ちた本たちが床に散らばる。
倒れた本棚の下から這い出てきたのは、四つ足の白くて丸い物体だった。しかも、結構たくさんいる。ぱっと見ただけで四、五匹はいるだろう。それを片眼鏡で映して情報を確認した≪クラッキー≫は「あちゃー」と呟いた。
「これはまたとんでもないのを引いちゃったかな……」
「とんでもないのって、いったい」
≪≪ナビダッド≫、≪クラッキー≫、来るぞ≫
俺の言葉を遮り、≪アズサ≫がツールバーから刀を取り出して構えた。俺もそれに倣って、慌てて銃口を白い物体に向ける。
白い物体たちは、わらわらと集まって身を寄せ合った。床に散らばって開いた本に群がり、楽しそうに尻と思わしき部位を振っている。なんだ、あれ。気持ち悪いけど可愛いような気もする。これがキモ可愛いってやつか。
「おい、お前らMnet001だろ。なんでこんなちっこいんだ」
「あ、≪ナタス≫、あんまり近寄らない方がいいと思うよ!」
「あ?」
≪ホモーーーーーーーーーーッ!≫
近付いて白い物体を足で蹴飛ばした≪ナタス≫に、突然そいつらは飛びかかってきた。間一髪、それを避けた≪ナタス≫はプログラムで強化した脚力でバックステップを踏み、数歩で俺たちの下へ戻ってくる。
「ほ、ホモ?」
「何だよあれ! おい≪クラッキー≫、どうせ解析終わってんだろ!」
「いやあ、僕もまさかこれが来るとは思わなくてさ」
困ったように苦笑いをした≪クラッキー≫は、その短くて愛らしい指をすい、と白い物体たちに向けて言った。
「あれ、多分腐女子に感染したMnet001」
電脳ウィルスクラッカーズ!(仮) 逆立ちパスタ @sakadachi-pasta
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