【意外と】教えてもらった【色々ある】
「そういえば、ジェノバってどうやって集まったんだ?」
某所、某日。俺はジェノバの本拠地である倉庫の中で段ボールに詰め込まれた雑貨を引っ張り出しながら言った。その言葉に反応したのは、倉庫で一人パソコンを弄っていた篠原だ。こいつ、いつもここにいるけど普段何してるんだ。
「何、もしかして真澄くん気になる?」
「まあ、それなりに。まさか全員俺みたいにスマホ壊されそうになって集まったとかそんなんじゃなさそうだな、って思ったから」
「そうだねぇ。事情は個人で色々あるけど、聞きたい?」
「暇つぶしにはなるかな」
「ほんと最近辛辣になってきたよね真澄くん。別にいいけどさ」
くるりと回転椅子に乗ったまま一回転した篠原は、スーツの懐から棒付きキャンディーを取り出し、それを俺に差し出してきた。
「いる?」
「いらない」
「つれないなぁ」
そのまま包みを剥がして口に咥え、篠原はうーんと唸った。
「誰から話したもんかな……やっぱ一番手っ取り早いのは晃くんかな」
「自分じゃないのかよ」
「謎の電脳ウィルスと戦う正義の組織、そこで一番偉い人物なんだから少しくらい謎があってもいいと思わない?」
「別にどうでもいいかな」
「まあ僕はそう思うんだよね。だから今回はパス。真澄くん、晃くんについて知ってる事ってどれくらいある?」
突然の質問に面喰ってしまった。そういえば、彼について俺はただのヤンキーってこと以外あまり知らないかもしれない。
榎本晃。街並みに馴染めない金髪といくつも耳に開けられたピアスたちが特徴の青年だ。気に入らないことがあればすぐに威嚇するが、垂れて優し気な印象を人に与える目元のせいで全部台無しになっている。たまにスマホでゲームをしていて一度見せてもらったことがあるのだが、どうやら彼は格闘ゲームが好きらしい。アバターもそれっぽい恰好だったし、納得のチョイスだ。
「……それくらい、かな」
「びっくりするほど表面的情報! じゃあ晃くんとプライベートな話はしないんだね」
「そもそもここで会う以外に連絡とる方法がないから仕方なくないか?」
「えっ、LINE交換してないの? 僕でも晃くんの連絡先知ってるのに」
「エレットマーレ潜ればフレンドコードで連絡できるし、必要ないから……」
「現代っ子! そうやってすぐエレットマーレのチャット機能に頼るのって若者だよ!」
「そりゃどうも。で? 晃ってすごい奴なの?」
俺が聞けば、篠原はにっこりと満面の笑みを浮かべた。
「そう! 晃くんはすごいんだよ! なんたって彼はジェノバで唯一、「Mnet001の匂いを物理的にかぎ分けることができる能力」を持ってる人間だからね!」
「は?」
間抜けな声が出た。だが、それを気にすることなく篠原は話を続けようとする。いつの間に取り出したのか、その手元にはタブレットが抱えられている。
「そもそもこのジェノバって組織は僕一人が立ち上げたんだ。最初は仲間なんていらないって思ってMnet001の研究を続けてたんだけど、やっぱり独りぼっちで手探り状態のまま調べ物をするのは無理がある。色々行き詰ってたところで、僕は晃くんと出会ったんだよ」
そういって語られ始めた篠原と晃の出会いは、なかなかに不思議な話だった。
「晃くんと出会ったのは二年くらい前かな。当時は今ほどMnet001が蔓延してなくてね、極稀に意識がなくなって衰弱死する奇病がネットニュースの片隅に取り上げられるレベルだったんだ。僕は個人的な理由でMnet001について調べてたんだけど、研究対象のMnet001感染機器が集まらなくてどうにも行き詰っちゃってさ。どうしたもんかなぁって街を散歩してる時に出会ったのが晃くんだったんだ。まあカツアゲだったんだけど」
へらりと笑って、篠原は続ける。
「その時僕は全然お金持ってなくて、金目の物なんてMnet001に感染した充電切れのタブレットしかなかったんだよ。そしたら、晃くんが言ったんだ。「お前のそれ、変な匂いがする」って」
「「匂い」、か。そういえば俺のスマホ盗んだ時も「匂い」がどうとか言ってた気がするけど」
「そう。でもカツアゲしてきた集団の中で、僕のタブレットから何かの匂いを感じたのは彼だけだった。当時は全く研究が進まない焦りもあってね、藁にも縋る思いだった僕は咄嗟に「金なら今から銀行に行って引き出してくるから、君に僕の研究を手伝ってほしい」って言ったんだ」
「それで?」
「めちゃくちゃ気持ち悪がられた」
だよな。俺も多分同じような目にあったら気持ち悪いと思う。例えこいつがロリコンだという予備知識がなくても、そんな風にいい歳した男に必死に縋られたら普通に気持ち悪い。
「晃くんの取り巻きは皆それでどっか行っちゃったんだけどね、彼だけは「この匂いがなんかあるのか」って聞いてくれたんだ。僕としては大いに助かったよ。なんせ今までの研究で一番滞っていた「感染した機器を捜索する方法」が見つかったんだからね」
「滞ってた? なんか、普通にウィルス探索ソフトウェアで見つかるもんだと思ってたけど」
「あれは普通のウィルスじゃないんだよ。症状もそうだけど、普通のウィルス対策ソフトじゃ見つからないんだ。まるで、意志を持ってるみたいに逃げ回って、人に取りつく」
篠原はタブレットを起動してから何度か画面をタップして画像を表示した。
「これはMnet001が感染したパソコンのウィルスをチェックした時のデータ。患者が出てるから確実にMnet001はいるんだけど、どこにも不審な点は見当たらないんだ。こっちが比較した通常の状態のパソコン」
提示された画像を覗き込んで見比べてみた。確かに、ウィルスバスターのスキャン結果はほとんど変わらない。唯一違う点はスキャンにかかった時間くらいだ。
「それでね、僕は当時研究のために借りてたアパートに晃くんを連れて行ってその「匂い」について聞いてみたんだ。そこから協力関係を築いて、晃くんはジェノバのナンバー2になったわけ」
「は? あんた初対面の晃を家に連れ込んだの?」
「だって彼がいいって言ったんだもん。大丈夫、僕幼女にしか興味ないから」
「普通に犯罪だろ。お巡りさん呼ぶわ」
「やめて」
笑顔は崩さない篠原を横目に、俺はカメラロールの中身を見てみた。Mnet001についてまとめてある画像が、何か他にないかと思ったのだ。あとは、単純に篠原がどんな写真を撮るのか気になったのもある。
ほとんどがMnet001についてまとめられている記事のスクリーンショットだったりエレットマーレ内で発見されたウィルスのキャプチャだ。
「……あれ?」
俺は、スクロールする手を一枚の写真で止めた。その写真だけ、現実で撮影されたものだったからだ。
そこには篠原と、知らない女性が写っている。篠原は今とほとんど変わらないが、眼鏡をかけていなかった。女性は長い髪を風に遊ばせながら楽しそうに笑っている。
背景は海で、行ったことのない場所のはずなのに見覚えがあった。二人の服装から、季節はきっと夏だろう。空と海の蒼さが見事なコントラストを描いている。仲睦まじげにインカメラでツーショットを撮っていて、とても幸せそうだ。
一言で表すなら、きれいな写真だ。
「はい、それは今関係ない写真だから」
「あっ」
篠原は俺から写真を隠すようにタブレットを取り上げた。わざわざ電源を落として画面をロックし、にっこりと笑う。
「真澄くん。いくら写真が好きだからって、あんまり人のプライベートに干渉するのはいただけないなぁ」
「篠原、今のって」
「君には関係ないよ」
ひどく冷えた声色だった。顔を見れば口元は笑っているが、眼鏡の奥に見える瞳は暗い。俺は背筋に流れ落ちる冷や汗を感じた。
……――やばい、これ地雷だ。
「ご、ごめん……」
「僕のことはいいからさ、とにかく君にはジェノバで頑張ってもらわないと」
いつもの調子を取り戻したように笑って、篠原は食べ終わった飴の棒をゴミ箱に投げ捨てた。放物線を描いたそれは、見事にゴミ箱の中に吸い込まれていく。
「お、ナイッシュー」
「そういえば、リットさんはどうやって入ってきたんだ?」
「ん? リットさんは、僕がMnet001の研究をしてるってどこかから聞いてきて直接会いに来てくれたんだ。まあ僕はリットさんの本名も知らないし、詳しいことが気になるなら本人に聞いてみれば? 色々事情が込み合ってるみたいだし、それが一番だと思うよ」
つけっぱなしだったパソコンの電源を落とし、篠原は何やら出かける準備をし始める。俺は自分のスマホで時刻を確認した。今は15時40分だ。
「これから用事でもあんの?」
「ちょっと通学路まで」
「は?」
本日二度目の間抜けな声だ。唖然とする俺を気にも留めずに、篠原は身支度を整えていた。
「いや、だから通学路だよ。幼女の安全を確保するのも紳士の役割だから」
「紳士って……ロリコンの間違いだろ」
「あんな性犯罪者と一緒にしないで! もし不審者でも来たら僕が身体を張って守るからさ! やっぱり幼女には健やかに育ってほしいじゃない?」
「あんた最高に気持ち悪いわ」
「本当辛辣だよね!」
じゃあ行ってきまーす、と間延びした声を残して篠原はさっさとジェノバの倉庫を出て行ってしまった。
……――なんか、逃げられたか?
俺は一人、倉庫のパイプ椅子を軋ませてため息を吐くしかなかった。こんな時はエレットマーレに潜って、気分転換するに限る。俺はフルフェイスヘルメットの形をした接続器を手に取った。
≪Benvenuti in Elett’Male≫
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