【初めての】実践させられた【戦闘】
ログイン。連れてこられたのは、この前と同じようなジャンクデータが散らかっているエリアだ。
「ここは僕が開発したシミュレーションエリアだよ。対Mnet001戦でどうやって動けばいいのか練習したり、リットさんが作ったウィルスバスターを試してみたりするのが主な使用用途」
フリルたっぷりのスカートを揺らしながら篠原が言う。こいつ、エレットマーレの中にそんな空間を構築できるくらい高度な技術を持ってるのか。ふと、変態に技術を持たせてはいけない、という言葉が俺の頭の隅に浮かんだ。
「今回≪ナビダッド≫のために用意したMnet001は、まあいわゆるワクチンみたいなものだね。すごーく弱体化した電脳ウィルスだから、初めての戦闘訓練でも怖くないかと思って」
≪≪クラッキー≫にしては珍しく優しいな≫
「そう? そんな褒められると照れちゃうなぁ」
「気持ち悪いし褒めてねえ。そのアバターだからまだマシだけど、リアルでやるなよ。ぶん殴りたくなる」
晃の言い分も一理ある。俺はツールバーから先ほど受け取ったばかりの拳銃を取り出した。リットさんの刀と同じように、0と1が収束して現れた一丁のグロックを握って尋ねる。
「あの、それで俺は何をすればいいんですか」
≪やる気いっぱいだね≫
「≪ナビダッド≫はその
そう言って篠原は
「これを、こうして、こうっと……よし、できた。大体三十秒で
その言葉と同時に、俺の前にカウントダウンウィンドウが表示された。
≪あと 三十 秒! がんばれ!≫
嫌にキュートでファンシーなフォントと色遣いだ。
「そうだ、俺この銃の使い方知らないですよ」
「Mnet001に向ける、引き金を引く。それだけだろ」
≪難しく考える必要はない。≪ナビダッド≫、
「TPSはありますけど、FPSは……」
「はい、三十秒! それじゃ頑張ってね、≪ナビダッド≫!」
ハッと辺りを見れば、ジャンクデータたちの中から何かが蠢いて出てこようとしている。俺は慌てて拳銃を強く握り締めた。
現れたのは、球体関節人形だ。右手だけが異常に長く、身体のバランスが悪いのか歩き方も歪で不気味な雰囲気を醸し出している。一歩踏み出すたびに、そのボディにはノイズが生まれていた。弱体化したウィルス、というのは本当らしい。
「それは前に僕らが駆除したウィルスをモデルにして作ったんだ。熱狂的なドール蒐集家に感染したMnet001がそういう形になったんだよ」
≪呑気に解説なんて……心配じゃないの?≫
「心配? まさか! そんなのするわけないじゃん。こんな雑魚に負けるようじゃこの先戦っていけないよ、彼」
「巻き込んだのはお前だろ。俺がスマホ壊せば済む話だったじゃねえか」
「広告塔としてSNSで宣伝してもらうにしても、ジェノバの一員になるならMnet001との戦闘は避けられない。ま、とりあえず見てみようよ。案外上手くやるかもよ」
にんまりとその愛らしい顔に似つかわしくない笑みを浮かべ、篠原は呟いた。
≪ガガッ……買イ占メ……欲シカッタノニ……転売……≫
球体関節人形型のMnet001は、悲鳴のようなノイズをまき散らしながら俺に歩み寄ってくる。
とにかく、距離を取らないと。
俺はスカートを翻して駆け出した。向かうのは破損したデータの密集地帯だ。そこなら、物陰から撃てるかもしれない。
≪ギギギッ……許サナイ……≫
Mnet001は軋んだ音を立てながら首を俺に向けた。長い右手を引きずりながら、方向を変えてゆっくりと俺の後を追いかけてくる。
「こっちだ!」
叫び声でこちらに引き付けた。データの残骸の中に紛れながら、俺は握りしめている拳銃の使い方を確かめた。
「えっと、ツールバー、≪ナビダッド≫、プロパティ……」
追いつかれないように適度な距離を保ちながら、ウィンドウを展開して情報を目でさらう。内容は、こんなものだった。
≪ナビダッド:グロック18をモデルにした
「そんな便利なものなのか……」
「そうそう。意外と使えるでしょ、それ」
突然、耳元から声が聞こえる。俺は驚きのあまり首の筋が痛むほど勢いよく振り返ったが、誰もいなかった。通話か。
「びっくりした……突然なんですか篠原」
「≪クラッキー≫って呼んでよ。仕事中の僕の名前はそれだからさ」
「じゃあ≪クラッキー≫、急に通話なんてしてきて何のつもりですか」
「いやぁ、初めて戦うのにほったらかしにするのは可哀そうだって僕の良心が痛んだから、お手伝いしてあげようと思って」
篠原、改め≪クラッキー≫の楽しそうな声が響く。むかつくが、正直なところ一人では心細かったのも本音だ。
「この銃で、あの人形を撃てばいいんですよね」
「うん。とりあえず
「そういう自画自賛いらないんで」
「酷い!」
喧しい≪クラッキー≫は置いておいて、とりあえず銃の使い方は分かった。それこそ、ゲームみたいにただ引き金を引きまくればいいらしい。FPSはゲームセンターに設置してあるVRゲームを数えるほどしか遊んだことがないので心配だが、立ち止まっていては何も始まらない。
「……よし」
目を凝らして周囲を警戒する。以前ネットで「誤射を防ぐため撃つまで引き金に指を掛けない」という記事を見たので、その通りに構える。
背後からノイズ音が聞こえた。
「そこか!」
振り返って銃口を向ける。ジャンクデータの中から、亀のような足取りでMnet001が現れた。俺は慎重に照準を定め、球体関節人形の頭部目掛けて発砲した。
妙にリアルな乾いた音が鳴り、わずかにMnet001がのけぞる。だが、一発当たった程度ではそれが限界だった。
「い、威力弱くないか!?」
「
「そういうのは始まる前に言うんじゃないんですか普通!?」
「前に僕らの戦いを見てたから分かるかなって」
「分かるわけないだろ!」
思わず敬語が崩れたが、そんなことを気にしていられない。俺が文句を言っている間にも敵は近付いてきていた。
身体をひねって少しの間静止したそれは、復元力を使って長い右腕を鞭のようにしならせる。唸りをあげて飛んできたそれを、俺は咄嗟に避けることができなかった。
攻撃をもろに腹部で受け、俺のアバターは軽々と吹っ飛んだ。
「がっ……!」
「あぁ、よそ見してたら危ないよ」
「だ、誰のせいだと……!」
エレットマーレに接続している肉体に直接影響はないものの、アバターにも僅かだが痛覚がある。脳がショック死しない程度に希釈された刺激だとしても、これだけ吹き飛ばされたらさすがに痛い。エレットマーレの規約に準じた体感型ゲームなら一定以上の刺激を与えないよう設定されているが、この戦いには当然ながらそんなセーフティーは付与されていないらしい。
「いって……うわ、何だこれ」
痛む腹を摩ろうとして、俺は自分のアバターに起きた異変に気が付いた。
攻撃された部位にノイズが混じり、若干色も透けている。
「あ、言うの忘れてたけど、攻撃されたらそれだけ君のアカウントに支障が出るから気を付けてね。もちろん修復は可能だけど、しばらくアカウント停止なんてこともあり得るから」
「それ一番最初に言うべきなんじゃないですか!?」
「だって、直せるから言わなくていいかなって思って」
「外道!」
≪クラッキー≫に八つ当たりしながら、俺はもう一度拳銃のグリップをしっかり握りなおしてMnet001に向けた。皮肉なことだが、吹き飛ばされたおかげで距離は取れた。
……――なんでもいい、何かないのか。弱点らしいものが、何か。
照準を合わせながら、じっとMnet001を見つめる。ヘッドショットは通用しなかった。それなら、何か別のところにあるはずだ。
その時、また≪クラッキー≫がしゃべり始めた。
「うんうん。弱点を探してるんだね。正解だよ、それが正しい
「そりゃどうも」
「ただ、惜しいのはその視点だ。真正面から見た部分だけに弱点があるとは限らないだろう?」
「……そうか、背中!」
今まで俺はMnet001から距離を取ること、そして遠くからそれを狙って撃つことしか考えていなかった。遊んだことのあるゲームセンターのVRシューティングでは「正面から撃つ」しか選択肢がなかったので思いつかなかった。
だが、ここはエレットマーレ。現実で行動しているのと大差ない感覚で動き回れる、仮想電脳空間だ。
俺は勢いよく走り出した。スカートが捲れそうになるが、今は気にしていられない。
動きが遅いMnet001の背後を取るのは、そう難しくない。比較的軽いアバターを使っているのもあって、俺は簡単に人形の後ろに回り込んだ。
「見えた……!」
背中には、ガラスで出来た眼球が付いている。ドールについてあまり詳しくはないが、確かあれは「グラスアイ」とか呼ばれていたはずだ。少し躊躇ったが、俺は青空を写し取ったみたいに綺麗なブルーの目に引き金を引いた。
ガシャン、と硬質なものが砕ける音がする。
≪ギギッ、ギ、ドー、ル……≫
Mnet001は、砕けた弱点から連鎖するように細かく分裂して消えていった。残ったのは、元々この空間に漂っていたジャンクデータと俺だけだ。
「おめでとう、≪ナビダッド≫……いや、真澄くん。大体こんな感じでジェノバの仕事は進むよ」
「思ったよりハードですね……」
≪そんなことはない。本来は一人でやるミッションじゃないから、次からはワタシたちも一緒だ≫
気が付けば、三人が近くまで来ていた。それぞれのアバターには、俺を労うような微笑みが浮かべられている。訂正、晃のアバターは笑ってなかった。
「ま、垢BANされるレベルに壊れなくてよかったな」
「そ、そうだった! ≪クラ≫……じゃなくて篠原、これって大丈夫なんですか」
俺は未だにノイズの残る腹を摩る。篠原は可愛らしく小首を傾げながら俺を見ていたが、そのままにっこりと笑った。
「そのくらいなら放置しても問題ないけど、心配なら一応ウィルススキャンして確認してみよう。じゃ、僕先にログアウトして待ってるね」
言うが早いか、篠原のアバターは文字通り姿を消した。
「……ま、いいか」
俺もそれに倣うようにツールバーから≪ログアウト≫を選択してエレットマーレから退去する。目の前が電源を落としたように黒く染まり、俺の初めての実践訓練は幕を閉じたのだった。
だから俺は、二人がその後こんな会話をしていたのも知らなかった。
≪……真澄、うまくやっていけるのかな≫
「さあな。知らんしどうでもいい」
≪……晃。もう少し優しくしてあげたらどうかな。彼も君に敵意を持ってるわけじゃないよ≫
「うるせえよリットさん。俺は帰るからな」
≪やれやれ≫
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます