【この組織】装備をもらった【ヤバい】
俺がこの電脳ウィルスクラッカーの集団の一員になってから数日が過ぎた。一員といっても、暇な時に彼らの本拠地である廃倉庫を訪れる程度だ。これでも俺はバイトで忙しい身だし、いいねが集まりそうな写真を撮るのに余念がない。少し前まではインスタ映えするカラフルなスイーツなんかが好評だったが、最近はフォトジェニックな風景写真が評価されるらしい。
閑話休題。話をジェノバについて戻そう。
ジェノバで一番偉いらしいロリコン、篠原に話を聞けばそもそもジェノバとはイタリアの港町の名前らしい。
バイト先の洋食屋を素通りして、一本裏の路地に入る。篠原に教えてもらった住所を頼りに、あの倉庫へと俺は向かっていた。何回行っても一向に道が覚えられないのは、単純に倉庫までの道が複雑だからだ。決して俺の記憶力が悪いわけではない。
しばらく歩き、ようやく俺は目的地にたどり着いた。音声でナビをしていた地図アプリを終了して、鉄製の重たい扉に手をかける。
「お、今日は早いね真澄くん」
「お疲れ様です。篠原しかいないんですか」
「呼び捨て! 君さぁ、僕の方が年上だって忘れてる?」
「忘れるわけないじゃないですか。明らかに俺の方が若いですよ」
「つまり単に敬う気がないってことだね。悪質!」
パソコンで作業しているロリコン、もとい篠原を横目に俺は立て掛けてあるパイプ椅子を広げた。ちらりと奥を見れば、粗大ごみの日に捨てられていそうなボロボロのソファに晃が寝ている。いや、目を閉じているだけで眠っているわけではないようだ。俺が歩み寄って顔を覗き込もうとすれば舌打ちが飛んでくる。
「晃も来てたんだ」
「寝てる」
「寝てないじゃん」
「寝てるようるせえな」
「寝てる人間は「寝てる」とか言わないよ」
俺がそう言えば、晃はクワッと目を見開いて俺を睨みつけた。俺は肩を竦めて、さっき広げたパイプ椅子まで戻る。
「じゃあ、俺ちょっとダイブするから」
「またエレットマーレでツイッターするの? 普通にリアルでやればいいのに」
「フォロワーとのコミュニケーションが取りやすいから俺はこっちの方が好きなの」
篠原の言葉に返事をしながら、ダイブするためのヘルメット型装置をセットした。スイッチを入れ、バイザーを下げる。
≪Benvenuti in Elett’Male≫
≪網膜認証、又はユーザー名とパスワードを入力ください≫
いつも通りの手順で網膜認証をクリアし、俺の意識はエレットマーレに沈んでいった。
ログイン。エントランスに無事到着した俺は、お気に入りに登録してあるツイッターのアカウント座標を開いてジャンプする準備に取り掛かる。
「……あれ、何だこのメッセージ」
≪座標にジャンプする≫ボタンを押す前に、俺は個人メッセージのアイコンに新着マークがついているのを見つけた。確認のために、表示を展開する。
≪真澄くんへ ツイッターで遊び終わったら送った座標に行ってね。リットさんも来るって言ってたから、今日はみんなで行くよ 篠原≫
篠原からのメッセージだった。そういえば、まだ俺はリットさんにエレットマーレで会ったことがない。一体どんなアバターなんだろう、と少しわくわくしながら俺はツイッターの座標に跳んだ。
≪座標確認。三秒後にジャンプします≫
今日は近所の野良猫の写真を載せようかな。俺はぼんやりと考えながらエントランスからログアウトした。
「あ? 随分早かったな。篠原はまだ来てねえぞ」
「あっそ」
俺は不機嫌なのを隠さないままに、篠原から送られてきた座標にジャンプしてきた。ここはエレットマーレの中にあるジェノバのサイトだ。イタリアの港町を名前にしているだけあって、建物の外に見える景色は穏やかな海にプログラミングされている。
俺はスカートが捲れないように気を付けながら、椅子にどかりと腰かけた。収まらない苛立ちをぶつけるように、クラシック調だった空間内のBGMをロックに変更する。
「うるせえ音楽だな」
「今はこういう気分なの」
そう、俺は今とてもイライラしていた。原因はツイッターに到着した後すぐに送られてきたフォロー外からのクソリプだ。アバターの性別を女性に設定していると、いいねの数も増えるがこういう事もよく起きる。ちなみに、今日のクソリプは猫の写真に対するこんなコメントだ。
「Masumiさんの写真、いつも見てます。こうやって猫の写真をあげるけど、それって猫が飼えない人がどれだけ嫌な思いをするか分かってますか?猫が嫌いな人だっているんですよ」
クソリプを送ってくる人間の精神構造は良く分からないなあ、と思い放置していたらまた続きが来た。
「無視ですか? やっぱり私が言う事が正しいって理解しましたね? これを機に猫の写真を載せるのやめてください」
死ぬほど面倒くさい。うっかり手が滑ってブロックしたからその後は知らないが、胸糞悪くなって早々にツイッターを切り上げたのだ。
思い出して余計にむかついてきた。
「ねえ晃、何でクソリプって来るんだと思う?」
「知らねえよ。脳みそがうんこなんじゃねえのか」
「汚い」
「お前が聞いたんだろ」
≪二人ともうるさいから静かにして。あと真澄はその音楽止めて≫
突然目の前に現れたチャットメッセージのウィンドウに、俺も晃も飛び上がった。慌てて振り返れば、そこには知らないアバターがいる。篠原じゃない。
艶のある長い黒髪はそのままおろし、口元は忍者のような布で隠されている。切れ長の鋭い目はクリムゾンレッドに設定してあった。顔面が半分隠れているのに対して、身体の方は軽装だ。襷で袖をくくった和服に、丈の短い袴を履いている。手甲をはめた両手は不遜な態度を示すように胸の前で組まれていた。
「びっくりした。リットさんかよ」
「これリットさんのアバターなの!?」
思わず俺は叫んだ。だって、あのタトゥーが顔の右半分を覆っているパンクな人からは想像できない姿だ。女子高生をアバターに使っている俺が言えたことではないが、こんなに現実とリンクしないアバターはなかなかいないだろう。
リットさんはこくりと頷く。声はない。俺は慌てて流していたロックをデフォルトのクラシックBGMに変更し直した。
≪初めまして真澄≫
「う、わ」
またチャットだ。俺の声は聞こえているようだが、どうやらリットさんはしゃべる気がないらしい。
「は、初めまして」
≪ワタシはジェノバのメンバーの一人、リット。本名はちょっと色々あって伏せてるから、気軽にリットって呼んで≫
「は、はあ……」
≪真澄が入った経緯は海斗に聞いた≫
「カイト?」
≪あぁ、篠原の下の名前。篠原海斗っていうんだ。ちなみにそこにいる晃の苗字は榎本≫
「あ、お前榎本って苗字だったんだ」
「んだよ。文句あっか」
そんな会話をしていると、部屋の中央にまたアバターがログインしてきた。ピンクの髪の毛にふわふわのドレスの幼女、篠原だ。
「お待たせ。練習用のシミュレーション組んでたら遅くなっちゃった」
≪それにしてはちょっと遅すぎやしないか、海斗?≫
「まあ、ちょっとプレゼントを用意してたから」
へらりと笑いながら、篠原は設置してあるソファにぴょんっと飛び乗った。わざわざ跳ねたタイミングでキラキラしたエフェクトまでつけている。知り合いしかいないのにあざとさをアピールする意味ってあるのか?
「じゃあ、せっかくみんな集まったことだしそれぞれのコードを教えてあげない? 真澄くんが新しくメンバーに加わったから彼にもコードをあげないと」
≪いいね。Mnet001を駆除しに行くなら連携は不可欠だし、装備もないと戦うときに不便でしょ≫
「オレは別にどうでもいい」
「じゃあ決まり! 実は遅くなったのって、真澄くんのコードを開発してたからなんだよね」
「コード?」
俺が首を傾げると、そっぽを向いていた晃が言った。
「ジェノバがMnet001を駆除するときに使う武器みたいなもんだ。オレは≪ナタス≫ってコードを持ってる」
晃は、自分の掌を俺に見せるようにひらひらと振った。そういえば、俺のスマホに潜伏していたMnet001を駆除した時に嵌めていた指ぬきグローブがない。
「僕のコードは≪クラッキー≫。この前の戦闘で見たと思うけど、僕の装備は片眼鏡だよ」
篠原がツールバーから片眼鏡を取り出した。以前は距離があったから詳細が分からなかったが、近くで見ると綺麗なデザインだ。課金アイテムバザーで高値で取引されている人気スチームパンクモデルだが、俺はこれをアイテム購入所のラインナップで見たことない。
「リットさんも見せてあげたら?」
≪いいのか? 危ないよ≫
「俺ちょっと気になります!」
俺の言葉にリットさんは少し考えてから、ツールバーを開いた。
≪こんなの≫
0と1が散らばり、収束してリットさんの手の中に集まる。握られたそれは一本の長い刀になった。
≪当たらないように気を付けてね。これ触ったデータを破損させるから≫
「あぶなっ! え、それがリットさんのコードなんですか?」
≪うん。≪アズサ≫っていうんだ≫
リットさんは鞘に収納するようにツールバーに≪アズサ≫を仕舞った。
「それで、僕が真澄くんに用意したのはこのコード」
椅子から飛び降り、篠原は俺に立方体を差し出した。圧縮されたデータだ。俺はそれを受け取り、ファイル解凍する。データタイトルは「Masumi_Code」だ。
展開したデータをツールバーから取り出す。具現化したそれを装備すれば、その正体が明らかになった。
「……銃、ですか?」
「うん、拳銃だよ。リアルの銃とは使い方が違うけどね」
黒く重たいボディに、
「これ、危なくないですか……?」
「うーん。そんな物騒じゃないけど、一応Mnet001と遭遇した時だけ武装するようにしてね」
現実で銃を手にする機会なんてそうそうない。俺はしげしげと手元の銃を眺めた。
「君のコードは≪ナビダッド≫。作戦中は君をコードネームで呼ぶから、忘れないように」
「≪ナビダッド≫……」
呟くように復唱する。俺の、ジェノバで活動するための名前。俺は、その名前と拳銃を確かめるようにぎゅっとグリップを握った。
「おい、そろそろ行くぞ」
≪そうだね。海斗、時間だよ≫
「え、あの、行くってどこに?」
俺が尋ねると、篠原はにっこりと笑った。
「君がコードを使いこなせるように、練習用のMnet001をシミュレーションで用意したんだ。じゃ、行こうか」
篠原は俺、晃、リットさんをグループ選択してから座標転送を始めた。
「いきなり実践は厳しくないですか!」
「大丈夫、大丈夫! 万が一の時はちゃんと僕らがサポートす」
篠原の言葉は、座標転送のため中途半端なところで遮られた。俺の視界はシャットダウンしたパソコンモニターのように真っ暗になり、アバターはジェノバの本拠地からログアウトした。
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